読書女子は素直になれない
第14話

「ずっと忘れない。例え離れ離れになってもずっと君のことを想ってる、だったかな?」
 照れながら答える蓮を見て千晶の目から涙が零れる。
(忘れてなかったんだ。ずっと想っててくれてたんだ。鷹取君……)
 俯き涙を流す千晶に蓮はおろおろする。
「ちょっと五十嵐さん!? 泣かないで。俺が泣かせてるみたいだろ?」
「泣かせてるよ。十年近く音信不通で心配かけさせて、理由も言えないなんてヒドイよ。それで、まだ約束は覚えてるだなんて反則よ」
「そう言われると反論できないな、ホントごめん」
 優しく肩をさすってくる蓮はずっと困った顔をしている。
「理由を言えないって言うのなら、せめて責任取ってよ。十年ぶんの寂しさ埋めてよ……」
 べそをかきながらそう言った千晶を、蓮は正面から優しく抱きしめる。十年ぶりに感じる蓮からの抱擁に千晶は酔う。全身を預け寄りかかる千晶の頭を撫でながら蓮は言う。
「ホントごめんな。ずっと寂しい想いをさせて。俺もずっとこうしたかった。この十年、五十嵐さんのこと忘れたことなんてなかったよ。ずっと好きだった」
 しっかりとした言葉で好きと言われ、千晶の中で想いがはじける。
「私も同じだよ、ずっと好きだった。鷹取君のこと忘れたことなんてなかった。ずっとこの瞬間を待ち望んでた。嬉しい……」
「五十嵐さん……」
「鷹取君……」
 見つめ合うと静かに目を閉じ互いに口付けを交わす。中学生のときとは違い逞しい胸板に力強い両腕に抱かれ、千晶は幸せと安心感に包まれる。
(嬉しい、幸せだ。こんな日がまた来るなんて。勇気を出して誘って良かった……)
 うっとりしながらキスを堪能していると、蓮の方から離れる。
「俺、五十嵐さん……、いや千晶のこと好きだ。たぶん世界一好きな相手だと思ってる」
(世界一だなんて、ヤバイ、普通ににやけてしまいそうだ)
「わ、私も世界一、蓮君のことが好きです」
「ありがとう。でも、俺では千晶を幸せにできない」
 幸せの渦中に居ながらにして好きな相手から幸せにできないと聞き千晶は混乱する。
「どういう意味?」
「俺には許婚がいるんだ」
 衝撃的な単語に瞬時に固まり、顔もこわばる。
「世界一好きって、今言ってくれたのは何? 私のことからかってる?」
「それは本音だよ。ただ、俺には決められた相手がいて、その婚姻関係を結ぶ義務もある」
「そう、なら私は便利な愛人にとでも思った? 馬鹿みたいに十年も待ってるような女だから便利な女だって。ふふっ、呆れた、私、ホント男見る目ないんだ」
「違う! 俺は本当に千晶のことを……」
「言い訳なんて聞きたくない! なんで抱きしめたの!? なんでキスしたの!? ちゃんとした許婚がいるなら、私に気のあるフリなんてしないで! 最低だわ!」
 持っていた紅茶のペットボトルを地面に投げつけると、ベンチから立ち走って後にする。背後で呼び止める声が響いたがそれも振りきり涙を流し去って行った――――


――翌日、制服に着替えデスクに向かうと机とパソコンの液晶画面に赤のルージュで『バカ』『シネ』と大きく書かれてある光景が目に入る。隣に座る美優の仕業と察しをつけるも、当の本人は涼しい顔で雑誌を読んでいる。汚れを落とすため給湯室へと向かうと、中からは歩美たちの噂話が漏れ聞こえてくる。
「ねえ歩美さん、五十嵐さんの噂って本当?」
「ホントよ。彼氏がいるのに中村さんとイイ感じになってた鷹取君を寝取ったらしいわ」
「最低ね。根暗で性格ブスの癖に身体使って落とすなんて」
「だから言ったじゃない。あの娘は性根が腐ってるって。男に媚びることが全てなのよ」
「やっぱりそうなんだ。これかはもっと徹底的にハブらないとダメね。歩美さん、これからもどんどん追い込んでよ?」
「任せておいて。あんな性悪小娘なんて、私が本気だせばすぐに追い出せるわ」
 歩美たちのせせら笑う声をドア越しに聞くと顔を青くしながらフロアに戻る。デスクに座ると美優が雑誌を置き笑顔を向けた。
「落書き、消さないの? これじゃ仕事できないわよ?」
「大丈夫、化粧落としで何とかする」
「あら? 何か顔色悪くない? もしかして、新井さんたちに何か言われたのかしら? あの人達、耳が早いから気をつけてね?」
 言いふらしたであろう本人から笑いながら言われ内心怒りが湧くも、我慢してルージュの跡を拭き取っていた。
 
 就業中も無視されたり謂れのない文句をつけられりと午前中の業務だけで、フロアの全女子から目の敵にされているように感じる。唯一の味方とも言える雛もあまりの多勢の状況に手を出せないようだ。
 昼食から帰るとデスクはファストフードのゴミで溢れ返っており、それを見た千晶の反応を見て周りの女子社員はクスクスと笑っていた。午後からも完全アウェイの中仕事をこなし、なんとか終業時間となる。ロッカールームで制服から私服に着替え終えると同時くらいに、背後に冷たい感覚が走り直ぐに振り向く。そこにはペットボトルの水を持った歩美がおり笑いながら千晶を見ていた。
「あら、ごめんなさいね。つい手が滑ってしまって。でも水だから大丈夫よね?」
 黙って睨みつけていると、背後から降り注ぐ冷たい感覚と床に散らばる液体でサッと振り返る。
「ごめんなさい、こっちも手が滑ったわ」
「やめてください!」
 勇気を出して反論してみるが、真横にいた社員から突き飛ばされ床に倒れる。
「生意気にも口応えしてんじゃないよ、この淫乱女」
「そうよ、汚らわしいったらありゃしない」
「私たちが綺麗に洗ってあげるから感謝しなさいよ」
 歩美が音頭を取ると倒れた千晶に向かって五~六人の社員が一斉に水をぶちまけ、空いたペットボトルを身体に投げつける。この瞬間、小学校時代のイジメがフラッシュバックし身体を丸くし全身を震わす。様子のおかしくなった千晶を見て流石にヤバいと察したのか、数人の社員はおろおろする。
「ちょ、ちょっと五十嵐さん、何のマネよ? 変な行動で私たちをビビらそうなんてそうはいかないわよ」
 歩美の声も届いてないようで千晶は膝を抱えたまま震え続ける。
「ちょっと新井さん、コレヤバいんじゃないの?」
「だ、大丈夫よ。下手な演技でこの場を切り抜けようとしてるだけよ」
 そう言ったものの、千晶の様子に怖くなった社員は逃げるようにロッカールームを出て行く。一人が逃げると他の社員も倣うように逃げ歩美だけが残る。そこへ異変を察した雛が現れ急ぎ千晶に駆け寄る。
「千晶ちゃん!? 大丈夫? 新井さん、貴女彼女に何したの?」
「何も、私はただ……」
「言い訳はいいですから、救急車呼んで! 早く!」
 雛の怒号で歩美は慌てて走って行く。通路に出ると騒ぎで駆け付けた蓮が歩美を捉え事情を問い詰める。歩美からの事情を聞いた刹那、女子のロッカールームということも無視し蓮はすぐに飛び込んで行った。

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