読書女子は素直になれない
第17話

 シチュエーションと翼の雰囲気作りで告白の予感は抱いていたが、ストレートに言われるとやはり緊張してしまう。翼の方が緊張度の度合いは大きいのだろうが、告白される側もそれなりの心構えが必要だったりする。
(好意はずっと感じてたし、とうとう言ってきたって感じだわ。趣味も合うし嫌いじゃない。蓮君とも完全に縁は切れたし、断る理由もない。だけど……)
 千晶は言われた言葉を心で反芻し、ゆっくりと答えを出す。
「ごめんなさい、後藤君とは良い友達でありたい。男女の関係にはなれないと思う」
「蓮とならなれるのかい?」
「鷹取君には許婚がいるから、私の入り込む余地はない」
「許婚……、なるほど、だから元気がないのか」
 翼の納得したような表情に首を傾げる。
「気づいてなかったようだね。五十嵐さん、今日の本屋巡りの最中、ずっと泣きそうな顔したよ。原因はなんだろうと思ってたけど、さっきの台詞で理解できたよ」
 自分自身で今日は集中できていないと分かっていたが、そんな顔をしていたのだと気づかされ動揺する。
「私、そんな悲しい顔してた?」」
「してたよ、失恋しましたって顔に書いてあった」
「あはは、そう、そこまでヒドイ顔してたんだ。うん、後藤君の言う通り、失恋したわ。絶賛ハートブレイク中~」
 おどけてみせるが翼は真剣な目つきをする。
「蓮からフラれた?」
「いいえ、私からフッたの。鷹取君には素晴らしい許婚がいるって知ったから」
「素晴らしいって言うことは、もしかして知ってる女性?」
「ええ、会社の先輩で会長のお孫さん。才色兼備のお嬢様」
「ああ、なるほど、それはキツイ」
「しかも、私自身その先輩のこと尊敬してるし目標でもあり好きなのよ。どうしようもないわ」
 自嘲気味に笑う姿に翼は反論するように切り出す。
「それって、単に諦めてるだけで、もし許婚が居なかったら付き合ってたってことでしょ? 単に逃げてるだけだと俺は思うんだけど?」
「逃げてるだなんて、そんなことない! 私が引くことで鷹取君は幸せになれるの。苦労して生きてきた分、これからは幸せな人生を歩んでほしいの」
 焦って言い返す千晶を見て翼は溜め息をついてに首をうなだれる。
「はあ……、自分が傷つき我慢してでも蓮の幸せを願うなんて、それってさ、もうアイツのこと愛してるってことじゃないか。参ったな、そこまで想ってたのか」
「愛してるなんて、そんなだいそれたことじゃ、私はただ現実的なことを考えて幸せになってもらいたくて……」
「いやいや、だからそれがもうアレで……、って、ああもう! まどろっこしい! 単純に五十嵐さんはアイツのことが好きなんだよ! なんで諦めてんだよ!」
 目の前でキレる翼に千晶は戸惑う。
「だ、だから諦めるとかじゃなくて、幸せになって欲しいだけなの」
「さっきから幸せ幸せ言ってるけど、他人の幸せを五十嵐さんが勝手に決めるなよ。幸せかどうかなんて本人にしか分からないことなんだ、なんでそこに一緒に幸せになろうって選択肢がないんだよ!」
 思わぬ叱責を受け、一緒に幸せになりたいと言ってくれた蓮の顔を思い出し唇を噛む。
「五十嵐さんだって本当はアイツと一緒に、幸せになりたいんだろ? 諦めるなよ!」
「何も知らない後藤君に言われたくない! 簡単じゃないの、鷹取君の人生を知ったら安易な判断なんてできない!」
「アイツの人生? それって何?」
「……、言えない。私が言って良いような軽い内容じゃないから。ただ、凄く辛い人生を歩んでて、その許婚の方と結婚したらきっと幸せになれる。逆にその許婚の方との関係が壊れるようなら、確実に過酷な人生が待ってる。だから鷹取君にはその人と結婚してほしいの」
「抽象的すぎてよく分らないが、アイツもそう言ったのか? 許婚と結婚したいと」
「それは……」
 口ごもってしまう様子で翼は察する。
「アイツは五十嵐さんを選んだんだな。でも五十嵐さんが意固地になって断ったんだ。ホント、どうしようもないお人よしだ。両想いなのに別れを選ぶなんて。今からでも遅くない、アイツと話し合って自分の気持ちに素直になるべきだ」
「そんなことできない。そうすることで鷹取君が不幸にでもなったら私責任取れないし……」
「はっ、責任? そんなの簡単だ。もし仮に五十嵐さんが起こした行動によってアイツが不幸になったというのなら、その先の未来、幸せって思ってくれるように側で支え生きて行けばいい。責任があるっていうのなら、それは謝罪とかじゃなく幸せにする責任を負うってことだと俺は思う」
(幸せにする責任、そんな風に考えたことなかった。なんの取り柄もない私なんかじゃ、蓮君を幸せにできないって思ってた。雛先輩には絶対勝てないし、会社の立場も悪くなるってどこかで保身してた。幸せになる努力もしてなければ、責任を追う覚悟も持ってなかった。私は傷つくことを恐れ、ただ逃げてるだけだ……)
 自分の言動を省みて胸の奥が熱く昂ぶっていく。
「私、間違ってたのかな?」
「ああ、間違ってるよ。虚勢して強がって傷つくことを恐れ、自分の心に嘘吐いてるからな」
「ハッキリ言うんだね」
「飾ってみても、どうせ俺と五十嵐さんは付き合えないしな。それなら五十嵐さんに悔いなく幸せになってほしいんだ」
「幸せ、か。それって私が鷹取君のしたことと同じじゃない?」
「同じじゃないさ。だって、これは俺の本心なんだから。嘘つきの五十嵐さんとは違う」
「ホント、痛いこと言うね。でも、ありがとう。自分の中にあったわだかまりと虚栄心が取れた気がするわ」
 そう言って千晶は笑い、翼も同じようにして頷く。砂浜を後にすると、千晶を自宅近くの駅まで送り届け帰路へとハンドルを切る。その道中、翼は心のざわめきに耐えられず路肩に車を停める。
「本心、か。ホント五十嵐さんってバカで不器用だな。俺だってずっと好きだった。小学生のときからずっと。本心では誰にも渡したくないのに、強がって恋のアドバイスだなんて何やってんだか。本当のバカは俺だった、イジメなんてバカなことしないでもっと優しくしていれば今頃……」
 ハンドルを叩き苦しそうにうなだれる翼の頬には、後悔の涙が流れていた。

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