初恋だって…いいじゃない!―番外編―
「そ、そうかなぁ。でも、好きになったら食べ方とかも全部好きって思うよ。そんな、早まらないほうがいいんじゃない?」

「歩美には“和也(かずや)くん”がいるもんね」


拗ねたように言われても、和也は歩美の恋人ではない。
むしろ、思いきり近くて遠い人だ。


「そりゃいるけど……でも、和也くんは雲の上過ぎるよ」

「たしかに。いつも雲の上にいるもんね」

「いや、そういう意味じゃなくて……」


兄、光太(こうた)の親友で歩美の初恋の人、高千穂和也はパイロットだ。今は国内最大手の航空会社の副操縦士として、世界中の空を飛び回っている。

和也はパイロットという職歴だけでなく、国立大学卒業という学歴に地方の名士の息子という出自。さらには、私服姿でもすれ違う若い女性が振り返るルックスをしている。

とにかく、容姿の頭も並み以下の歩美には果てしなく遠い。おまけに十二歳の年齢差が、ふたりの距離を思いきり広げていた。


「歩美の好きな人じゃなければ、ちょうどいいよね、高千穂さんて」

「ちょうどって……和也くんはひとり息子だから、婿養子にはなれないと思う」

「そうじゃなくて、初体験の相手! 見た目もいいし、女性の扱いも慣れてそうだし、セックスが上手そう」

「ゆ、雪絵ちゃん!?」


歩美の声は裏返った。
店内に客はいない。光太も仕入れに出ていて誰もいないが、思わず周囲を確認してしまう。『初体験』以上に『セックス』は刺激的な言葉だ。


「雪絵ちゃん、急ぎ過ぎだって。大学も推薦決まって、あと四年以上あるんだから、もっとのんびりいこうよ」


雪絵は推薦で大学の入学が決まり、歩美は高校を卒業したあと実家の洋食屋を手伝う。ふたりとも高校三年の秋というわりに、恋話に集中していられる理由だった。
歩美の言葉にうなずきながら、雪絵はストローをズズッと啜り……ポツリと呟く。


「うん、それはわかってる。でも、焦るんだよねぇ。何があっても高千穂さんが好きって言う歩美が羨ましくて……」


それには驚いて目を見開いた。


「う、羨ましい? ずーっと片思いだよ。和也くんに優しくされたら……ひょっとしたら、わたしが大人になるのを待ってくれてるんじゃ……なんて時々思うけど。でも、どう考えてもただの妄想だよねぇ」

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