心を全部奪って



「一緒に入りますか?」




低く甘い声に振り返る。


ビルのエントランス。


突然降り始めた夕立に、足止めをくらっていた私に傘を差し出す一人の男性。


多分、


一目惚れだったと思う。


少し切れ長な瞳に、高く通った鼻筋。


そのキリッとした顔立ちに良く似合う黒髪。


洗練された上質なスーツをさりげなく着こなしたその彼は、


同じ会社の販売促進課の課長だと言った。


入社して一週間。


同じフロアにいるはずなのに一度も見たことがなかったのは、


今朝まで出張で社内にいなかったからだと教えてくれた。


突然の雨に、人々が慌しく行き交うオフィス街。


紺色の傘の下で、何を話したかはあまり覚えていない。


触れ合う腕に意識が集中して、なんだかやけに熱っぽかった。


地下鉄の入口まで送ってくれた彼は、まだ仕事があるからと取引先へと走って行った。


背の高いその美しい後ろ姿を、私はしばらくじっと見つめていた。


それが、工藤さんとの出会いだった。
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