理想の結婚
第11話

「か、一輝君?」
「理紗姉、怪我はない?」
 背中を向けたまま理紗を気遣う姿に胸が熱くなる。
「アンタ、理紗姉に何やってんだ。事と次第によっちゃ容赦しねえ」
 完全な戦闘に入っている一輝を見て嘉也も戸惑いながら立ち上がる。
「カズ、オマエ俺を痴漢かなにかと勘違いしてないか? 俺と理紗は従兄妹だぞ?」
「関係ない。嫌がってる理紗姉を助けるためなら親でも神でもぶっ飛ばす」
「無茶苦茶言うなオマエ。しばらく見ないうちに随分変わったじゃないか」
「大事な人を守るためには強くならないといけない。昔、そう言われからな」
(一輝君、私の言ったことをまだ覚えて……)
「ガキの頃は泣き虫だったオマエが、いっちょまえなこと言うようになったもんだな。でも、その考え方は俺も賛成だわ」
「ご託はいい。理紗姉に何しようとしてた」
「何も、ただ話をしようとしただけだ。腕を掴んだだけであんなに叫びわめくとは思わなかったけどな」
「話だけなら腕を掴む必要なんてない。嘘つくなよ」
「ホントだって。わりと大事な話だったんだけどな」
「なら今ここで言え。俺も一緒に聞いてやる」
「オマエには聞かれたくないし、理紗もそう思うはずだ」
 意味深なセリフに一輝は理紗の方を向く。
「どういうことですか? 嘉也さん」
「内海家、身内の話でな。本題はこっちだったんだ。できたら二人で話したいんだが」
(一体何の話なんだろう。けど、家の話なら聞かざるを得ないか……)
「分かりました。一輝君、少し離れて待っててくれる?」
 理紗からお願いされると断ることもできず、大人しく離れて行く。会話が聞こえないくらいになったと判断すると嘉也が口を開く。
「やっと話せるな。全く、カズのヤツ狂犬みたいだな」
「話ってなんですか? 手短にお願いします」
「ああ、話ね。ホントは付き合ってくれてたら話す必要のないことだったんだが、拒否されるんじゃ仕方ないよな」
「言ってる意味がわからないんですが?」
「親父さんの経営している病院、医師不足で経営が危ないのは知ってる?」
(初耳だ。人手不足で忙しいのは知ってたけど)
「それがどうかしましたか?」
「つまり親父さんは俺に凄い額の借金あるんだ」
「…………」
「で、従兄妹同士の結婚も当人が合意の上なら、許してくれるって確約をもらってる」
(コイツ、最低だ!)
「俺の言いたいこと分かるよね?」
 黙っていると、嘉也は言葉を続ける。
「俺が借金を返すように迫って裁判を起こせば、病院の関係者はもちろん患者まで大変なことになるだろうな」
「貴方がこんな最低な人だとは思わなかった」
「最低って言うのは借りたものを返さない人にも当てはまらないか? こっちは善意で貸してたんだからね」
(こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだ。今すぐ殴ってやりたい!)
 怒りのこもった恨めしげな視線を受けて、嘉也は肩をすくめる。
「凄い目してるけど、そういうのって逆に燃えるよね。夏祭りのこと思い出すな」
「夏祭り?」
「男二人に襲われて抵抗してただろ?」
(まさか!?)
「もう時効だから言うけど、手引きしたのは俺。くしくも今日と同じようにカズに邪魔されたけどな」
 聞いた瞬間、我慢できず嘉也の頬を思いっきりビンタする。その様子を見て一輝は直ぐに駆け寄る。
「理紗姉!」
「貴方は最低だ。絶対許さないし、結婚の話も受けない!」
 結婚という単語を聞いて一輝は驚いた顔をする。
「まあ、理紗ちゃんがそう言うのなら別に構わないよ。その結果、どうなるかはご想像にお任せするよ。まあ、気が変わった連絡してよ。手遅れになる前にね」
 不敵な笑みを浮かべながら嘉也はその場を後にする。残された理紗は屈辱のあまり立ち尽くしたまま涙を流していた。

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