理想の結婚
第14話

 七時、克典を連れてファミレスに向うと一輝と千歳はコーヒーを飲みながら既に待機している。ボックス席に理紗と千歳、一輝と克典と男女で別れると軽く挨拶を済ませそれぞれに注文をした。克典は定食を頼み後の三人は飲み物だけとなり、鈍感な克典もただならぬ雰囲気を察している。
「どうしたんだよオマエら。今日凄く変じゃね?」
「ノリは黙ってて。今日は理紗姉とカズのことについて話があって集まってるんだから」
「え、そうなの? じゃあ俺要らない子?」
「証人としている子。とりあえず終わるまではここに居て」
「へいへい、じゃあ俺は大人しくハンバーグ定食でも食ってるよ」
 状況を判断しノリは言葉通り大人しく座る。窓側に座る一輝は興味がないように外の景色を眺めている。
(一輝君とは昼ぶりだけど、なんかドキドキしちゃうな。今から振る相手なのに……)
 じっと見つめていると千歳が話を切り出す。
「今日は理紗姉からカズに言いたいことがあるんですよね? はい、どうぞ言って下さい」
 いきなり話の核心を振られ、さしもの理紗も動揺する。
「ちょ、ちょっと千歳ちゃん、来ていきなり言わなきゃダメ?」
「ダメです。話は早い方がいいですし。それともやっぱり言えませんか?」
(千歳ちゃんガンガン攻めて来るな。それだけ一輝君を好きってことか。でも、本当は私も……)
「分かったわ、今からちゃんと言う。ちょっと静かにしてて」
 頷く千歳を見ると、一つ溜め息とついてからゆっくり口を開く。
「私は一輝君とは付き合いません。血縁関係からしても無理です。ごめんなさい」
 頭を下げる理紗を一輝は興味なさげに、反対に克典は唖然として見る。千歳は真剣な表情で一輝を観察している。何も言わない一輝を見て千歳は割り込んでくる。
「カズ、返事は? 理紗姉がこう言ってるんだよ?」
「ああ、そういうことか。何の話かと思えば、仕組まれてたわけだ」
「えっ?」
「いや、まあノーコメントってことで。それじゃ俺帰るわ。ノリ、ちょっとどいてくれるか」
 予想外の反応で理紗も千歳も驚いて一瞬固まる。しかし、我に返った千歳は席を立ち制止にかかる。
「ちょ、ちょっと待って! 意味わからないんだけど? なんで何も言わないのよ。それってまだ理紗姉のこと好きってことよね?」
「好きだよ。それがどうした」
 初めて言葉にして聞く、好きという言葉に理紗の体温は上昇する。
「好きって、そんなあっさり……、でも、でも理紗姉は付き合わないってハッキリ言ってるんだよ?」
「関係ない。そもそも理紗姉が俺を嫌うことと、俺が理紗姉を好きであることのベクトルが違う。理紗姉にどう思われようと、俺はずっと彼女を好きでありたい。それだけだ」
「結婚できなくても?」
「関係ない。結婚が人生のすべてじゃない。もう行っていいか? チセと話しても不毛だ」
「待って! 私も貴方が好き。私の気持ち、まだ届かない? いつまで待てばいいの!?」
 ファミレスの奥で繰り広げられる恋愛バトルに、周りの客も聞き耳を立てている。
「もう待つな。他の相手捜せ」
「カズが理紗姉以外の人を捜せるのなら考えてもいい」
「相変わらず頑固だな」
「カズもね」
 立ったまま言い合う二人を見て克典も立ち上がる。
「二人とも落ち着け、まず座れ。そして声のトーンを落とせ。ここは家じゃないんだ、場をわきまえろ」
 冷静ながらも力強い克典の言葉に二人は素直に従う。普段は明るくおちゃらけた感じ克典だが学生時代は人望も篤く、格闘家ということもありリーダーシップは今でも持ち合わせている。二人が座ると克典が先陣を切る。
「複雑な話で俺も戸惑ってんだけど、つまり、チセはカズが好きで、カズは姉ちゃんが好き。姉ちゃんはカズと付き合わない。ノーカップル成立ってことだな?」
「そうよ。誰かさんが折れないと上手くいかない」
 批難の眼差しを向けてみるも一輝は涼しい顔をしている。
「それは違うぜチセ。今の状況だと仮にカズが姉ちゃんを諦めてもチセと付き合うことにはならない。チセがカズを諦めてもカズが姉ちゃんと付き合えないのと同じようにな」
「そ、そうだね。じゃあどうすればいいのよ」
「どうもこうも、単純に好きな相手に振り向いてもらえる努力をするしかないだろう。チセはカズに、カズは姉ちゃんに。早く振り向かせた方がカップル成立」
「カズと理紗姉は近い血縁だよ? 最初から未来ないじゃん。そんなの諦めるのが当然でしょ?」
「まあそう考えるが妥当だけど、結婚できないってだけで、好きになった相手への想いまで否定しちゃあかんだろ? 人を好きになることって理屈じゃないしな」
 克典から出る的を射た意見に理紗は関心する。
(この子、いつの間にこんな大人な意見を持ち合わすようになったんだろ。克典のいう通り、形はどうにせよ人の想いは尊重すべきだ。でも、形にしてはいけない恋もある)
「俺から言わせて貰えば、一方通行気取ったり諦めてもらうのを待つんじゃなくて、自分を好きになってもらう努力しろよ、って感じだな。お二人さんに共通してな」
「ノリ……」
「ノ、ノリのくせに生意気。そして無駄にキザね」
「うるせえよ」
 二人から尊敬の眼差しを向けられ克典は照れている。
「とにかく、身内でゴタゴタはゴメンだ。自分磨いて正々堂々相手に向っていけよ。それでダメなら磨き方が甘いと思え、他人のせいにすんな」
(弟の意見ながら、彼氏に振られたばかりで耳が痛いわ)
 苦笑いしながら克典を見ていると一輝が口を開く。
「悪かったなチセ。さっきは言いすぎた。俺と同じように好きな気持ちなんて簡単に変えられやしないもんな。俺は俺でこれからも理紗姉に向っていく。チセはチセで俺に向ってくる。単純にそれでいいと思う」
「納得はいかないけど、ノリの言う通り、結局自分を磨くのが一番なんだよね。でも、十年以上片思いって結構キツイよ?」
「安心しろ、俺も十年以上片思いだ」
「なんの安心よ。逆に不安になるわ」
「まあ根競べみたいなもんだろ。諦めたら恋愛ってゲームはそこで試合は終了」
「私はそろそろノーサイドになりたいよ。ホント……」
 千歳は溜め息をつき、うな垂れる。この後は、普通の食事会となり四人で楽しい時間を過ごす。ファミレス帰りの道で「ノリには適わねえな」と呟く一輝のセリフに心底納得し、理紗も自然と頷いていた。

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