理想の結婚
第4話

(カズ? この長身イケメン性悪無愛想男が、あのチビで鼻垂れで泣き虫の一輝君? 嘘でしょ?)
 信じられないような顔で一輝を見つめていると、一輝は理紗に挨拶する。
「久しぶり、理紗姉」
(久しぶりっていうか、昼ぶりなんだけど。コイツ、私をからかうつもりか? わからん、わからんぞ、コイツの魂胆が!)
 脳内でのたうちまわり困惑しつつ、理紗も冷静に言葉を交わす。
「ひ、久しぶり」
「八年も見てないと俺の顔忘れてたでしょ?」
(ぬ、コヤツ私を試すつもりか? まあ、正直分らなかったんだけど)
「まあすぐにはね。でも面影あるし、言われれば流石に分かるわよ」
「ふ~ん」
 意味深な返答を聞き流していると千歳が割って入って来る。
「カズ、今まで何してたの? みんな心配してたのよ?」
「悪い、自分とこの墓参り。あと、野暮用」
「そう。なら連絡くらいくれても良かったのに」
「そうだな、今度からそうする。それより、ノリ。なんか食うもの出してくれよ。朝からなんも食べてないんだ」
「おう、ちっと待ってろ。チセ、ちょっと手伝えよ」
「えっ、あ、うん……」
 居間に理紗と一輝の二人きりにさせるのが不安なものの、千歳は仕方なく後に続く。二人がいなくなったとたん、一輝は理紗を向く。
「あのさ、新幹線でホントに俺って分ってた?」
(ど、どう答えよう。一輝君も私をお姉さんと呼んでたし、お互いに分かってなかったはず。ここは正直にいこう)
「ごめんなさい。気づいてなかった」
「やっぱりな、結構ショックだわ」
「で、でも、一輝君も私をお姉さんって呼んでたし、私に気づいてなかったでしょ?」
「いや、気づいてたよ。忘れる訳がない」
 真剣な眼差しを向けられ理紗も緊張する。
「嘘よ、八年も会ってなかったのに」
「年数なんて関係ない。俺が理紗姉を忘れることなんて絶対にない」
「なんでそんなこと言い切れるのよ」
「そんなの決まってる、俺は……」
 一輝が言葉を繋ごうとした瞬間、克典がお盆を持って帰って来る。
「悪い、お茶漬けでいいか? おかずは今チセが作ってるから」
「十分、助かるわ」
 お茶漬けがテーブルに置かれると、一輝は理紗を無視して克典と雑談しつつそれを頬張る。
(俺は、の後が凄い気になる。っていうか、カズ君、まだあの時の約束覚えてるのかしら……)
 美味しそうに食べる姿を見ながら理紗は昔を思い出す。

 十年前、理紗が高校二年になった夏休み。広い内海(うつみ)家を利用して、親戚の子供らが集まるのが通例だ。その中に一人、引っ込み思案な少年がおり理紗は気をかける。
 子供達の中でも最年長ということもあり、理紗は多くの子供を面倒を見て、理紗姉として慕われていた。蝉取りに行った少年組を見送ると、縁側で絵を描いている少女組も気に掛ける。自身の宿題をしつつ見守っていると、泣きながら母屋に歩いてくる少年が目に入った。縁側からスリッパに履き替え迎えに行く。
「どうした?」
 目線の高さまで屈み全身をざっと見ると、膝のすり傷を見つける。
(蝉取り中に転んだのね)
「膝痛い? 大丈夫?」
 べそをかきながら少年は頷く。
(えっと、確かこの子は狩野(かの)さんところの一輝君だったわね)
「名前、一輝君よね?」
「うん……」
「じゃあ、手当てするから、傷口を水道で洗ってから中にくるのよ」
 一輝に指示を出すと母屋で救急箱を広げる。子供が多いと必然的に生傷が絶えず、手当てもお手の物となっていた。痛そうにしながら居間に入ってくる一輝を確認すると理沙は手招きする。大人しく理紗の前に座ると、手際良く消毒と絆創膏を施し一輝の頭をなでる。治療が終わって救急箱を片付ける間、一輝は理紗をじっとみつめており、その視線に振り向く。
「もう大丈夫よ。蝉取り行っておいで」
「今日はもうやめとく」
「そう、じゃあ家でゆっくりすればいいわ」
 片付け終えると理紗は居間のテーブルに移動し宿題に向き合う。その姿を見て一輝もテーブルへ行き、理紗の正面に座る。騒がしい中でも宿題ができるくらいの耐性はついているものの、真正面から直視されては流石にスルーできない。
「なに? 遊んでほしいの?」
「ううん、理紗姉ちゃん見てるだけ」
「そう。一輝君は夏休みの宿題終わった?」
「全然やってないよ」
「ダメじゃない。教えてあげようか?」
「いいよ、理紗姉ちゃんこそ宿題した方がいい」
(そう言われても、こうもまじまじと見られるとね~)
 苦笑しながら理紗は問題集を閉じる。
「ちょっと休憩。ねえ、一輝君は何年生?」
「四年生だよ」
(背が小さいから二年生くらいかと思ってたわ)
「四年生か。四年生なら転んだくらいで泣いてちゃだめよ?」
「う、うん」
「男の子は強くないとね。大事な人、守れないでしょ?」
「大事な人って?」
「家族とか友達とか恋人よ」
「そっか……」
 理紗の回答に一輝は考え込む。
「ねえ、理紗姉ちゃん。理紗姉ちゃんも男の子には強くあって欲しい?」
「もちろん。いろんな意見があるとは思うけど、少なくとも私は強くあってほしいな。心も身体もね」
「分かった」
 一輝は嬉しそうに頷くとすぐさま立ち上がる。
「やっぱり蝉取りに行って来る」
「そう、いってらっしゃい」
 見送る言葉を受け、さっと玄関に駆けるが、すぐ理紗を振り向き口を開く。
「僕、強い?」
 少しカッコつけたしぐさを見て理紗は笑顔で噴き出していた。

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