理想の結婚
第5話

 一年後、受験の年を控えた夏休みでありながら、内海家は相変わらず子供が騒ぎ走り周る。少し背の伸びた一輝も来ており、理紗から少し離れたところからチラチラ見てくる。
 今夜は地元の一大イベント『和文字焼きまつり』が控えており、その際の花火を理紗も楽しみにしていた。学校の友人でもある麻美(あさみ)も浴衣を着て内海家で待機している。
「それにしても理紗、大変ね。毎年このレベルの子守りしてるんでしょ?」
「まあ、今年で最後だけどね」
「そっか、志望大学は神奈川だもんね。寂しくなるね」
「麻美は地元。私は親の居ないところで羽を伸ばしまくり」
「羨ましいわ。彼氏できるといいね」
「ホントよ。何の因果で女子高なんか行ってたんだか。華やかな高校生活、子守りしか思い出ないもん」
「あはは、ご愁傷さま」
 文句を言い合っていると千歳の実兄である嘉也が呼びにくる。
「理紗ちゃん、麻美ちゃん、悪いけど、花火に行くから子供ら集めといて」
 一言だけ告げると嘉也は慌しく外へ行く。麻美は小声で理紗に近づく。
「嘉也さんだっけ? 結構カッコよくない?」
「うん、カッコいいね」
「あら、狙ってる?」
「まさか。結婚してるもん」
「あらら、残念」
「麻美狙ってた?」
「狙うところだった」
「お互い男運ないみたいね」
 肩をすぼめ理沙は立ち上がると、走り回る子供達を二人で集めワゴンに誘導する。詰めて乗車するもののワゴン三台でもギリギリの定員となった。
 見物場所となる吉井川河川公園の近くにくると、大人一人につき一人の子供を面倒し、はぐれないように手をしっかりと繋ぐ。理紗の相手は一輝だが、照れているのか手を握ろうとはしない。小学五年生となり上級生のプライドがあるのか、少し反抗期っぽい感じとなっている。もっとも理紗から見ればそれも可愛い抵抗にしか写らず、その様子にほんわか温かい気持ちが沸き起こる。

 花火の打ち上げまでは一時間近く合間があり、賑やかで人が溢れる屋台の道を二人並んで歩く。一輝の身長は理紗よりも頭一つ下で、その横顔からはまだまだ幼さを感じる。
(彼氏、か。改めて振り返るとホント恋愛とは無縁の十八年間だったな。大学行ったらホントにできるのかしら)
 小さなボーイフレンドを横目に理紗は未来を想像し苦笑する。屋台の基本中の基本であるリンゴ飴をかじりながら歩いていると、一輝がふいに背中を突く。
「ん? どうしたの?」
「ちょっと、トイレ行きたい」
「ああ、トイレね。この混雑じゃはぐれ兼ねないから私も一緒に行くわ」
「うん、ありがとう」
 目を合わさず礼を言うと一輝はさっさと前を歩いて行く。はぐれないように早足に着いて行くと、一輝は市が用意してある簡易トイレに並んでいる。
(見失うと困るけど、並ぶのもトイレ付近で待つのも嫌なもんよね)
 リンゴ飴をかじりつつ少し離れたところから眺めていると、横から男性二人組が近づき話し掛けてくる。
「彼女、一人? 一緒に花火見ない?」
 風体からしてちゃらちゃらしており、ナンパ目的なのが見え見えだ。
「家族と来てますから」
「家族? そんなんじゃ盛り上がらないって。俺達と楽しく見ようよ」
「すいません。家族との約束が優先なんで」
(振り切って逃げたいけど、一輝君をここに一人残す訳にもいかないし……)
 困り果てていると、一人の男が理紗に腕を掴む。
「いいから来いよ。いいことしようぜ」
「放して! 大声出すよ!」
「おお、いいね。大声だって。どんな可愛い声出すか試してみようぜ」
(こいつらヤバイ!)
 恐怖で顔が歪んだ瞬間、腕を掴んでいた男が後方にひっくり返る。
(えっ? 一体なにが?)
 真横を見ると鉄パイプを綺麗な型で構える一輝の姿があった。

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