28才の初恋
 ふと、床の間に掛けられている掛け軸が目に入る。大きな滝を鯉が昇っている図柄の水墨画である。
 美術品にはそんなに詳しくないが、温泉宿の一室に飾るにしては高級品のように見える。

――いくらくらいのモノなのかな?

 ちょっとした興味が湧いた私は、床の間に上がって掛け軸を手に取ってみた――が、次の瞬間、もの凄く後悔することになった。

 この掛け軸は、裏側が手漉きの和紙で作られている。
 これでも商社で色んな商品を取り扱う人間だ、モノの多少の良し悪しならば分かる。
 かなり高級な和紙である、ということはこの掛け軸自体が高級品であるという証拠だ。

 いや、後悔したのは高級品を安易に手に取ったからではない。 
 問題は……その掛け軸の奥にあった壁だ。
 いたるところに……御札がベッタリと貼ってある。こ、これって……やっぱりそういうことか?
 
――あ、壁のシミが人の顔に見えてきた。
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