帰ってきたライオン

羊君に食事に行こうと誘われたのは社食でいつも通りの遅いランチを食べ終わり、麦茶を飲んで一息ついているとき。

運よく近くには羊君ファンの女子はいなく、私と羊君の他は禿散らかした上層クラスのおじさんたちのみ。

相変わらずのいきなりの思い付き行動で、今日の仕事帰りに食事に行くと言い始めた。

更には既に予約もしてしまったので絶対に遅れるなと一方的に言われ、反論する前にさっさと踵を返された。

歩く勝手が言い放った一言で私の午後の仕事は激しく忙しいものとなった。

いきなりの連絡は無理だ!
と話をしようにも、羊君は羊君で忙しいようで、ぜんぜん捕まらない。

という流れで、どうしてこんなに激しく仕事をしているのかを上田さんに聞かれ、隠さずにありのままを話したら、そういうことなら協力しますと快く仕事のペースを上げてくれた。

そのかわり、今度食事に連れてってくださいね、行きたいところあるんですよね、ちょっと高いんですけど。

と、見返りも忘れない。上田さんが無償で何かをするなんてありえないんだ。

彼女の助けもあって仕事は順調に進み、定時15分前には今日の分の仕事が終わっていた。

もしかしたら上田さんはやればこんなこともっと早く終われるのかもしれない、でも、彼女は最初から『仕事なんてしたくないんです』と言い放っていたわけだ。時間配分も計算済みなのかもしれない。

それでも終業5分前からパソコンを落とす準備を始め、更には電話も入ってこない様に自分のすぐ手元に電話を持ってきて時間と同時に切る段取りも組んでいるようだ。



「よっし。時間通りに電話切りました。これで今日は仕事終わり! 美桜さん早く行きましょ」

「ん? 行きましょ?」

ポーチからミラーを出して顔をチェックした上田さんは隠すことなく堂々とリップを塗り直し、ファンでを抑え、ビューラーで睫をくりっと上げ、ピンク色のチークを乗せた。

「下で待ち合わせですよね? 私も行きますよ下まで」

「いいよいいよ一人で行けるって」

「そんなこと言ってるんじゃないんですよ。私はただその元彼をもう一度間近で見たいだけです」

「ああ、そっちか、そうなんだ」

「大丈夫、間近っていっても少し遠目から見るだけなんで。今日は一緒に行って割り込んだりしませんから」

「する予定だったの?!」

「だから、今日はしませんて」

「それ怖いよ。いつするのよ」

「……さーぁ」

悪い女がいる。ここにも悪い女がいますよ。

一度は一目惚れというありえんことをした人だ。

そしてこうやって話せる機会は逃さず掴みにかかるこのバイタリティー。見習うところだと常々思う。

きっと次の行動も計画済みなんだろうなと横目でいつにもましてきれいになっている上田さんを見てそう思った。


< 108 / 164 >

この作品をシェア

pagetop