帰ってきたライオン

かくして私たちの抵抗虚しく羊君が居座ることになって早1週間が経った。

こたつを挟んでの陣地だった私の場所には羊君が居座り、私はどういうわけか松田氏の借地にお邪魔しているありさまだ。

もちろん羊君は猛攻撃をしたが、するりと松田氏にいなされふてぶてしくも了承した。


この狭い部屋に大人3人は、山小屋の一夜を過ごす程度には我慢ができるけど、生活するとなると堪える。
そもそもが家族用に作られていないアパートだ。

寝るときはこたつは台所に移動し布団を三枚川の字に並べ、松田氏、私、羊君の順に並う。

当所、松田氏が真ん中に陣取るはずだったがここでまた羊君の無駄吠えが始まり、今度は松田氏が折れることになった。

何かされそうになったらすぐ言ってくださいねとは松田氏のことばだがしかし、そんなことになろうものならば私のエルボーとかかと落としで床をタップさせてやる。とうっすら左の口角を上げてみせた。


ということがあったわけだが、羊君はとりたて何かするわけでもなく、もちろん手を出してくるわけでもなく、ただ、そこにいる。

しかも、自分のうちのようにくつろいでいる。
もともとはここに住んでたんだから当たり前っちゃ当たり前だけど、前と違うのは松田氏という男がいることだ。


いや、むしろなんだか昔からいたような風でかなりリラックスしているふしもある。

どうしてこんなにも図太いのか理解に苦しむところでもある。


掃除は羊君が率先して行い、料理、台所関係は松田氏、洗濯は私といったルーティーンがしっかりと成り立ちつつあった。

こたつにはいつの間にか羊君の席が出来上がり、しかしそこはテレビの前。

羊君はくるりと体を反転させれば画面が見えるが私たちは羊君の頭をよけるように左右に首を振りながら見るという形になった。

テレビにひとりつっこみを入れる羊君は、そこのところ昔と変わらない。

傍らには何個ものみかんの皮。
食べ終わる度にみかんを手に取る羊君に興味を示した松田氏が食べ終わった頃を見計らって羊君の手にみかんを乗せる。


最初のうち「ありがとう」とお礼を言っていたが、それも繰り返されると『ふつう』になるようで、食べ終わると手のひらを上にして松田氏に見せる。そこに松田氏はみかんを乗せる。手を出す。乗せる。出す。乗せる。出す。乗せる。


そんなやりとりを、

『こいつらは一体何をしているんだろう』と薄ら細い目で見ていることに、二人ともまだ気づいてはいないようだった。

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