ベストフレンド
第22話

 千晶からネットゲームに誘われるが、ゲーム自体に疎く断りを入れる。梓のチャットを見ていると、解説をしてくる。
「今私がハマってるのが、このツーショットチャットですね。オープンチャットと違って誰にも見られず二人きりの空間で話せるんです。ちょっとワクワクしません?」
「うん、ネット上での二人だけの密会って感じかしら?」
「そうです。楽しいですよ。バカな男ばかりで」
 キャバ嬢時代と変わらぬ毒舌を聞いて司は苦笑いする。ものは試しと梓に誘われままチャットサイトを開き、司は待機してみる。数時間程やってみるが、梓の私見通り出会いを求める男ばかりが殺到し辟易した。梓からすると、そんな馬鹿な男と会話して、弄び馬鹿にするのが楽しいらしい。
 昼食に出る二人を見送り、司はチャット画面をつまらなそうに見つめる。時間潰しにはいいのかも知れないが、キャバ嬢時代とは掛け離れた会話方法に戸惑いも感じる。
(話すという行為は同じなんだけど、現実に相対さない分、思いやりに掛ける人が多いって感じか。見えなくても画面の向こうには人がいて心もあるのに……)
 少し感傷的になりつつ画面を見ていると、待機から入室の文字に切り替わる。名前の欄には『政宗(まさむね)』と表示されている。コメント欄を見ていると相手から挨拶の表示が出る。まず挨拶をしない相手はアウトなので、司的に第一関門突破である。天気や名前の由来等、取り留めのない会話をしつつNGワードを気に掛けるも、政宗はずっと普通に会話している。
 梓から教えて貰ったNGワードは、出会い関連、アドレス関連、下ネタ関連、お金関連となっており、これらを匂わす奴は容赦なく叩いてOKと言われていた。しばらく話すが変な話題もなく、キャバ嬢時代に似た感覚に捕わられる。
(この人、真面目だし面白い。こういう場合はキープだっけ)
 ちょっと良さそうな相手はチャットでは珍しいので、こちらからフリーのアドレスを提示しキープすべきと教わっていた。
『よかったら私のアドレスを教えますけど、直接メールで話しますか?』
 司の書き込みに政宗は素早く返信する。
『お気持ちだけで結構です。今こうやって話せるだけで十分なんで』
 本心からなのか作戦なのか分からないものの、馬鹿な男でもなさそうなので気になることを聞いてみる。
『政宗さんはキャバクラに行ったことはありますか?』
『いえ、そんなお金はないので。仮に行くお金あってもそれは趣味や生活費に充てたいですね』
『もしかして、キャバクラ嬢がお嫌いですか?』
『そんな職業差別なんてことしませんよ。もしかして瑠美さん、キャバクラ嬢ですか?』
『元キャバクラ嬢です。軽蔑します?』
『しませんよ。素敵ですね、キャバクラ嬢。きっと瑠美さんは綺麗な方なんでしょうね』
 画面を見つめながら政宗の誠実な応対を身に感じ、司は少しドキドキしていた。

 翌日、梓に倣ってチャットサイトに入り浸るも前に話した政宗とは会えない。梓に政宗の名前を出して聞いてみるも、見聞きしたことがないと言われ残念な気持ちになる。チャットを始めて二週間経ち、政宗の名前を忘れかけた頃、外出中に梓からメールが入る。その内容を見て司はドキッとする。
『下記のアドレスが政宗君のアドレスです。さっき偶然サイトで見かけて、聞き出しておきました。真面目だったので多分、司さんが探していた方だと思います』
 感謝の梓にメールを返すと、すかさず政宗のアドレス宛てにメールを作成し始める。本アドになるがこの際構っていられない。
『こんにちは、先程のチャットにてアドレス交換をした女性の友人です。このようなご連絡を突然してしまい、不躾にて失礼致します。覚えてらっしゃらないかも知れませんが、二週間程前チャットで話した瑠美です。もし政宗さんにご迷惑でなければ、またチャットやメールでお話し出来たら幸いです。ご迷惑でしたら返信は不要にて、宜しくお願いします。瑠美』
 緊張した面持ちで携帯電話の液晶画面を見つめていると、程なくして返信が来る。
『政宗です。びっくりしました。僕もまた瑠美さんと話せたらな~って思ってましたんで。前に話したときアドレス交換を断ったのを後悔してました。お時間合うときに、またチャットとかで話せるといいですね』
 政宗からの温かい返信を貰い司はホッとしていた――――


――夜、環と梓と三人で鍋を囲む。流行りのチャンコ鍋屋に行きたいという梓のおねだりにより、司も仕方なく着いて行っている。鴨肉を突きながら仕事の話をしていると、携帯電話の着信音が流れディスプレイを確認する。政宗からのメールに頬を緩めながら返信していると、梓がツッコミを入れてくる。
「政宗君でしょ?」
 梓のニヤついた問い掛けに環も食いつく。
「なになに? もしかして男?」
「そうなんですよ。司さんが片思いの男性です」
 梓の飛躍した説明に司は慌てて抗議する。
「ちょっと! そんなのじゃないから。勝手に決めないで!」
「ほら、あのように慌てて抗議してるところが証拠ですぜ、姐御」
「そのようね。よかったわ、司に彼氏が出来たら安心だもの」
「環さん、人の話聞いてます?」
「いやー、めでたいなおい。梓、ピンドン入れろ、ピンドン!」
「合点承知の助」
「チャンコ屋にピンドンないから」
 二人の繰り出す漫才の如き会話に冷静にツッコミを入れながら司はメールを返していた。

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