ベストフレンド
第23話

 九月に入りまだ夏の暑さが抜けない早朝、司は一人布団の中で苦しむ。熱があり腹の調子も悪くまともに動けない。動けないながらも携帯電話をチェックすると政宗からの返信があり、嬉しい気持ちになる。
 政宗とメールするようになってから二ヶ月が経つも、相変わらずピュアな関係を保っており、電話したり会ったりと言ったふうな具体的な話は出ない。
(政宗君そろそろ出勤の時間だ。早くメール返してあげなきゃ。せっかくの休みなのに夏風邪なんか引くとは。政宗君に言ったら馬鹿にされそうだし黙っとこ)
 いってらっしゃいのメールを送信すると、行ってきますの返信がすぐに入り、離れていてもいつも側にいる心地がしてならない。

 午後になり本格的に体調が悪くなると、堪らず愛美を電話で呼び出し病院まで連れて行ってもらう。専業主婦となった愛美とは未だ親交が途絶えず、親友と契りは健在となっていた。診察を受けると検査入院が必要とのことで司は病室に案内される。風邪くらいでと抗議するも愛美の怖い目つきを見て入院することにする。愛美が個室を手配してくれており、二人は久しぶりに向き合って語る。
「こうやって病室で横たわりながらマナに見守られていると、高校三年生の冬を思い出すわ」
「そんなこともあったね。もう十年くらい前になるね」
「十年か。マナとも十年近い付き合いになる。長いような短いような。でも、出会えて本当によかったと思う」
「それは私のセリフ。バツと出会ってなかったら不良街道まっしぐらで、ろくな人生を歩んでなかった。私だけじゃなく、お母さんもお父さんも感謝してる」
 愛美の笑顔を見て司も嬉しくなる。
「ところでマナ。正樹さんと上手く行ってる?」
「もちろん。まだ新婚三ヶ月だしね。今度イチャイチャしてるところ見せてあげようか?」
「独り身の私に喧嘩売ってる?」
「降参、降参。冗談だって」
 笑い合っているところに、環と梓と千晶、更には邦夫と美紀子まで入ってくる。
「ちょっと、何よこんなに大勢!?」
「えっ? 私達は司が倒れて危篤って聞いて、会社閉めて車すっ飛ばして来たんだけど……」
「私達もマーちゃんから司ちゃんが危険だからって聞いて急いで……」
 環と美紀子の食い違うセリフを聞いて、その場の全員が愛美を見る。
「いやー、ちょっと心配かけさせた方が見舞い人増えてバツも喜ぶかな~って思ったら、つい病状盛り盛りになっちゃった。ペコリーナ」
 可愛く謝ってみるも、司の雷が炸裂し更には周りからの責めもあり、以降は黙り込みしょんぼりしていた――――


――翌日、検査結果が出るのを二人並んで待っていると程なくして呼び出しが掛かる。愛美は一旦止められそうになるも、司が家族だと言うと通された。担当医から語られた言葉の数々が、愛美の耳には遠く聞こえ途中から意識を失う。目を覚ますと隣には司が笑顔で座っている。
「大丈夫? マナ?」
「う、うん。ごめん、私なにか悪い夢でも見てたみたいで。バツの余命が一ヶ月とか縁起でもないよね」
 ベッドから起きつつ愛美は苦笑いする。
「夢じゃないよ。私、一ヶ月の命みたい」
 落ち着いた声で語られるも、愛美は到底受け入れられない。
「ヤブ医者なのよきっと。他の病院行こう。ちゃんと調べよ? ねっ?」
「マナ。真実だと分かってて言ってるね、ありがとう。でも大丈夫、私はこの事実を受け入れるだけ。やっとユウの元に行けるんだもの、本望よ」
「何言ってんの? ユウの生きた証が私達でしょ? バツが死ぬなんてあってはならない」
「ユウと私の生きた証がマナになるだけでしょ? 私は安心して逝けるわ」
「バツ……」
 何も言えずに黙っていた愛美だが、ふと思い出したように問い掛ける。
「彼氏はどうするの?」
「彼氏?」
「梓ちゃんから昨日聞いた。朝から晩まで毎日メールする彼氏がいるって。彼氏を残して逝っていいの?」
「政宗君のことか。彼にはちゃんと別れを言って切るわ」
「そんなに簡単に切れるものなの?」
「えっ?」
「二ヶ月も親密にしといてメールだけの関係だからって、簡単に切り捨てられるもんなの?」
「それは、簡単ではないわ。でも辛い想いをさせたくはない。だから、ちゃん別れてあげたい」
「本音は? それは建前でしょ? 本音はどうなの?」
 愛美の問いに司の胸がチクリとする。
「余命を宣告されてもまだ他人の心配? いい加減に素直になりなよ。バツはもっと我が儘になった方がいい。バツに頼られたり弱くなれる場所、みんな持ってるんだから!」
 心動かされる愛美の言葉が司の胸に突き刺さり、ゆっくり口を開かせる。
「会いたい、会えるものなら会いたいよ。でも、一ヶ月じゃ彼に私の死を背負わせるだけで、彼を幸せなんてできないし……」
「バカ! その考えがもう間違ってるって言うの! 死を背負わせる? 世界中の全ての人が、みんな誰かの死を背負って生きてる! 幸せにできない? 幸せはね、与えるものじゃない、既に側にあるものなの! 本人が側にあることを気付けるかどうかなの。バツが幸せをどうこうするなんておこがましい!」
 涙ながらに語る愛美が眩しすぎ、司は目を伏せ涙を零す。
「余命一ヶ月っていうのなら、この一ヶ月バツの好きなように生きて! 私が貴女の生きた証になる!」
 愛美の熱いセリフを聞くと司は席を立ち上がり、テーブルに置いてある携帯電話を開く。
「ねえ、マナ」
「何?」
「化粧道具とお洒落な服、用意してくれるかな? 目一杯綺麗な私を彼に見せたい。ペコリーナ」
 涙照れ笑いと可愛いお辞儀を見て、愛美もとびっきりの笑顔で頷いた。

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