ベストフレンド
最終話

 十月、僅か二十八歳という若さで亡くなった司の葬儀には百人を超える参列者が集まり、愛美はせわしなく動き回っている。キャバクラ時代の戦友や仲良くしていた客、高校時代のクラスメイトも駆け付け、司を偲んでくれている。
 一ヶ月間と短い間と分かった上で彼氏となってくれた、政宗こと伊達春久(だてはるひさ)も葬儀を手伝ってくれており、愛美は嬉しい気持ちでいっぱいになっていた。記帳のテント内で春久と並んでいると、一番来て貰いたくない人物が現れ、愛美はすかさずテントの前に立ち塞がる。
「お引き取り下さい」
 十年前と同じように、遥の前で愛美はきっぱり言い切る。
「また貴女ね。司はうちの娘ですよ?」
「司は私の家族です。部外者はお引き取り下さい」
「あなたからもなんとか言って」
「愛美さんの言っていることは分かるが、法的に司はうちの娘だ。引き取らせてくれないか?」
「関係ありません。どうぞお引き取り下さい」
 実の父親である遼一が出刃って来るも愛美は引く気配を全く見せない。その後ろには守も見られる。
「守君? 貴方もお父様と同じ気持ち?」
 愛美の問い掛けに守は首を横に振る。
「息子さんは嫌がってますけど?」
「守! なんで反対するんだ?」
「そうよ、守。あの子の遺産欲しくないの?」
 二人の会話を聞いて愛美は『やっぱり』という呆れた顔をする。黙り込む守を見て愛美は切り出す。
「守君から司がナンバーワンキャバクラ嬢で、お金をたくさん持ってるって聞いたようですけど残念。司は数年前にマンションを買って、そのマンションは私に贈与されてる。残った資産も生前贈与されて法的に事務処理されてるわ。貯金なら五万円くらい残ってるかも。それでも宜しければお持ちしましょうか?」
 愛美の言葉を聞いてショックを受けたのか、遥と遼一は黙って去って行く。しかし、守だけはその場で俯き立ち尽くしている。その姿に愛美は優しく話し掛ける。
「守君はなんで反対したの?」
「姉さんがあんな家に帰りたいなんて絶対に思わないから。大好きな姉さんが幸せだと言い切った、愛美さんの家で眠る方が幸せなんだ」
 守の言葉を受けて愛美は会葬帳とペンを取り、目の前に差し出す。
「これ書いたら、お姉さんに最期の挨拶しておいで」
 愛美の優しい言葉を聞いて、守は涙を拭きながら何度も礼を言った。


 葬儀から納骨まで全て終えるとホッとするも、愛美はどこか寂しい気持ちになる。線香の煙が緩やかに流れる墓石を見つめながら司との過去を振り返る。
「マナは……、何か夢あったっけ?」
「あっ、ヒドイ! まるで夢が無い女扱い。ちゃんと夢あるもん!」
「初耳。何?」
「長生き」
「それは『夢』じゃなくて、『目標』というのよ?」
「冗談だよ。夢はね……、ずっと先の未来だけど、バツの子供と私の子供を親友同士にすること。私たちみたいに仲の良い親友に。それが叶うってことはその時もきっと私たちは親友で居られてるってことだもん」
「ビックリした。想像以上に壮大な夢ね。でも、マナらしくて良いと思う。そうなれるように私もありたい」
「うん、絶対そうなるよ。だって私たちベストフレンドだもん!」――――


――卒業式の日を光景を思い出しながら立ち尽くしていると、春久が背後から話し掛けてくる。
「まだ帰らないんですか?」
「春久君こそ」
「いやいや、僕が帰った愛美さん帰る手段無くすから」
「みんな帰ったのね」
「伯父さんは残ってるよ。当然だけど」
「正樹さんにはもう少し待ってもらうわ」
 肩をすくめる愛美を見て春久は苦笑いする。
「ねえ、春久君。バツ……、司。怒ってないかな?」
「僕との関係のこと?」
「うん」
「怒ってないよ」
「断言するじゃない」
「だって、僕が愛美さんから紹介された相手だったってこと、司さん気付いてたみたいだからね」
 春久の言葉を聞き愛美はびっくりしている。
「えっ? もしかして春久君がばらした?」
「まさか、そんなことは一言も。環さんも梓さんも公言してないって言ってたし。多分、司さんの勘じゃないかな?」
「さすがバツね。最後まで騙せなかったか」
「司さんが具体的にそう言ってた訳じゃないけど『春久君とは奇妙な出会いだったけど感謝してる。策士なマナにも』って言ってたから」
 策士という単語を聞いて春久の推理が当たっているであろうことは明白になる。
「やられたね。騙されたフリしてたんだ。どこで気付いたんだろ? くっそー」
「まあまあ、いいじゃないですか、司さんは最期まで幸せだって言ってましたし、僕も付き合えて幸せだったんですから」
「まあね。でも最後の最後に、してやられた感がいっぱいよ。流石は私の親友だわ」
 愛美は苦笑いしながら墓石を眺める。春久も同じように微笑む。秋の夕暮れが二人を赤く染めて行く。それはまるで、司から贈られる感謝の想いのように二人を温かく包んでいた。



(了)
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