夏にふく春風
一章 春風によばれ

好きだ。

こんなにも。

だから…

俺のそばから離れないで。

お願いだから消えないで─。





 ミーン ミーン…

ちっ、蝉がうるさいなぁ。

こっちはいい気持ちで寝てるってのに。

黙ってくんないかなぁ。

「…ら君。…希良君!」

「んっ…??」

うるせぇ蝉の鳴き声に混じって女の声がする。

俺は重たい瞼をゆっくりゆっくり開けた。

開けるとともに広がる雲ひとつない青空。

そしてその傍らにはかわいらしい女。

あぁ、そっか。俺…屋上で昼寝してたんだっけ。

ぼんやりとした頭でそう考える。

なんだか頭に霧がかかってるみたいでぼんやりしている。

しばらくぼーっとしていた俺の額に衝撃がはしった。

パチッ!!

「いてっっ!!」

俺は瞬時に起き上がり額をおさえる。

どうやらこの女に叩かれたらしい。

「こんなとこで寝ちゃだめっていつも言ってるでしょ!」

「あぁ??」

「熱中症になっちゃうんだからね!!」

口をとんがらせ、頬をふくらましてプンプンと怒る少女。

腰まで伸ばした茶色がかったきれいな髪。

ほんのりピンクの唇。

丸くて大きい瞳。

長いまつげ。

白くて俺が力をいれてしまえば折れそうな体。

めちゃくちゃかわいい。

…けど…

「誰だ、お前??」

見覚えがない。

知り合いにこんなにかわいいやついたか?

てか、いたら覚えてるだろ普通。

ぼんやりとしている頭をフル回転させ思い出そうとするが、やはり霧のようなモヤがかかり思い出せない。

俺の言葉を聞いた少女は一瞬もともと大きなその瞳をさらに大きくさせ、すぐに眉間にシワを寄せた。

「もう!寝ぼけるのもいい加減にして!」

「はっ?」

いや、おいおい、待てよ。

寝ぼけるもなにも、俺はお前なんか知らねぇっての!

なに?逆ギレっすか?

「寝ぼけてねぇよ…」

「寝ぼけるじゃない!なに彼女の名前忘れてんのよ!!」

はぁ?!彼女?!

冗談きついっての!

なんだこいつ!

ストーカーか?!

「千春よ、千春!!長崎の!!」

「千春……あっ…」

思い出した。

三年前、長崎のばあちゃん家に行って…

そんで暇だったから近所の同い年の女の子とよく遊んでたっけな。

すっげぇかわいくて、一目惚れで…

長崎から帰る前に俺が告白して…

「千春…!」

「あ!やっと思い出してくれたの?!」

「ごめん、まじで寝ぼけてたっぽいな。」

「ひどいよ…」

千春は悲しそうな表情でうつむいた。

「ご、ごめん。」

「ううん、いいよ。」

俺が謝ると、顔を上げニッコリと微笑んだ。

その笑顔を見ると懐かしくて切なくて嬉しくて…

なぜか泣きたくなった。

…そういえば三年前、空港で『来年もまた来る』って約束した。

一昨年も長崎に行って千春とデートとかキスとか…

やっとカップルらしいことができた。

そして去年はばあちゃんから電話がきて、その電話は…

その電話の内容はなんだった??

でも確か、去年は長崎には行かなかった。

なんでだっけ?

「希良君!」

「はっ!」

「本当に大丈夫?熱中症になってるんじゃない?」

千春が心配そうに俺の顔をのぞく。

「ははっ、ごめん。俺、まじで今日おかしいな。」

俺、どうしちまったんだ?

頭は霧がかかったみたいにろくに何も思い出せねーし。

「大丈夫?もうすぐ午後の授業始まるけど保健室に行く?」

「いや、大丈夫だ。」

どうせまだ寝ぼけてんだろう。

具合も悪くないし。

「千春、授業まであと何分ある?」

「んと…5分。」

「はぁぁぁ??!やべぇ!!遅れる!!走るぞ、千春!!」

「えっ?きゃあっ!」

俺は千春の小さい手をとり、教室まで走った。

時々、きつくないかと後ろを振り返ると意外にも楽しそうに笑っている千春がいて俺も微笑んだ。



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