花椿
「せっかく来て頂いたのですから、貴方のその大事な掛軸は僕がお預かりして祖父にみせましょう」


漣は涼やかに言う。


「今日は証文と手付けをお渡しいたしますから――」

「ま……待ってくれ」


男は驚いたように漣を見つめている。


「どうして掛軸だと? 俺はまだ何も……」


「ああ……なんとなく。それに先ほど『梅に鶯の図』ご覧になっていらしたでしょう?」


漣は澄ました顔で微笑み、「奥へどうぞ」と男を案内する。


男は澄ました漣の後を半信半疑で奥へと進んだ。



「花精ですね」


男から掛軸を受け取り広げて漣は呟く。


掛軸には椿の木の下に、色白ですらりとし着物姿をした女性が描かれている。


顔を正面に向けた花精の目は、いとおしげに想い人を見つめているように見える。


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