Love Butterfly
 海鮮丼を食いながら、先生は俺を見て、高校生か、と聞いた。
「そんなもん、行ってねえよ」
「じゃあ、働いているのかい?」
 先生は、他のオトナと、同じことを言った。高校にいっているのか、働いているのか、それが「普通」だと思っている人間は、すぐにそれを言いやがる。その、普通、すら、できない人間がいることを、こいつらは、知らない。
「おっさん、俺さ、少年院、出てんだよ」
 きっと、そのおっさんも、他のオトナと同じように、顔をしかめて、説教じみたことを言い始めると思っていた。
「へえ、何やったの」
「盗みと、ケンカかな」
「そうか、君、さっきも随分、強かったしねえ」
「まあな。ケンカだけは、負けたことねえ。あ、でも、俺は、強いヤツとしかやんねえよ。親父狩りみたいな、あんなセコイことはやらねえ」
「なるほどねえ。じゃあ、君は、これからも、ケンカで生きていくのかい?」
 今思えば、それは、先生の強烈なイヤミで、でも、バカな俺は、それを、褒め言葉、として受け取った。
「先輩にさ、組に、誘われてんだよ」
「組。ああ、ヤクザってことか。君、その世界は命がけだよ、それ、わかっているのか?」
「わかってるよ。普通に働いても、つまんねえし、それならいっそ、かっこよく、死んだほうがマシじゃん」
 俺は、別に、本当にそう思っていた。いや、ヤクザとして、かっこよく死ぬ、とかじゃなくて、もうこのまま生きていても、普通に生きていても、こんな生活を一生するくらいなら、もう、ヤクザでもなんでもなって、死んじまっても、別に構わない、なんなら、明日、鉄砲玉でもやって、死んでもいいと思っていた。
「普通に働いたことがないのに、つまんないって、どうしてわかるの」
 先生は、優しい目で、今まで生きてきて、初めて、俺は、オトナから、優しい目で見られていた。俺はイライラして、そんな目で見られたことも、そんなことを言ってもらったこともなかったから、どうしたらいいかわからなくなって、ただ、ポケットから、タバコを出した。
「未成年は、ダメだよ」
 そう言って、俺の手からタバコを取り上げて、それを、そのままゴミ箱に捨てた。
「死ぬ覚悟があるなら、うちに来ればいい」
「は?」
「一度くらい、死ぬ気で何かを頑張ってから、死んでも遅くないんじゃないか?」
 死ぬ気で頑張る……そんなこと、考えたこともなかった。
「まあね、うちは命がけってわけじゃないけど、それでもみんな、精進に必死だ。料理に命をかけて、精進している。どうだい、やってみないか?」
「料理なんか、したことねえし」
「そんなこと、最初から君に期待するわけないだろう。ま、君に覚悟があるならば、だけどね」

 その時の俺は、料理人になりたいとか、そんなことは、所詮諦めていて、ただ、そんな風に、俺を手元に呼んでくれた先生が、嬉しかった。俺に真剣に向き合って、俺の話を真剣に聞いてくれて、俺を真剣に考えてくれたオトナは、先生が初めてだった。

< 27 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop