恋愛の神様



まだ資料を探すという彼女と別れて、俺は一足先に部屋を出た。

自分の課へ戻る途中、廊下で男と出くわした。

まるで皇帝執事のような冷然としたポーカーフェイス。
部下がその傍らで午後のスケジュールだか、会議の打ち合わせだかを奏でている。

専務の二之宮虎徹、だ。

男と目が合う。

緊迫とも剣呑とも言える一瞬が空気を染める。

どちらが反らすわけでもないのに擦れ違う頃にはまるで何事もなかったかのような空気に戻る。
現にヤツの部下は気付かなかったに違いない。


この会社の専務にして、先ほどの女―――犬飼亜子の男。


そして


―――――――俺の腹違いの兄。







この会社の社長、西院条伊熊が俺の実の父親だという事実を知っている者は少ない。
上層の幹部連でも極少数だろう。

俺は所謂、妾っ腹……つまり愛人の子だ。

そして二之宮虎徹もまた妾の子だ。

正妻は未だに健在だが生憎と子供には恵まれなかった。

二之宮の母・第二夫人は未だに愛人として名乗り、その地位を確立している。
そのため虎徹が愛人の子だというのも周知の沙汰だ。

そこにきて何故俺の存在は公にされていないかと言えば、第三夫人であるウチの母親が途中で愛人からリタイヤしたからだ。




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