恋愛の神様
だが伊熊は血を分けた子に平等なチャンスを与えた。
俺がこの不況時代にすんなりこの大手に就職できたのも伊熊の力が効いてないとは言えない。
とは言え、甘やかしっぱなしというわけでもなく、チャンスは与えてやったんだから後は勝手に這いあがれとばかりに放置状態。現に俺は他の同期と変わらず底辺からの出発だ。
それは虎徹も同様で、ヤツは愛人の子という切り札を公にしてきたものの、現在の地位に昇り詰めたのは少なくともコネだけではありえない。
切れ者で仕事が出来るのは悔しいが認める。
俺も虎徹のように血縁であることを切り札にすれば、今よりずっと早く上に上がって行けるだろうが、今はしない。
切り札は最後に切るもんだ。
上に上がれば良かれ悪かれ視界は俯瞰になる。
そうなる前に、下からじっくり上を観察するのも悪くない。
これでも昔から虎徹に敵愾心を抱いていたわけではない。
寧ろ兄貴と慕っていた。
幼い頃は母親に連れられて本家のパーティーなんかにも顔を出していて、そこで会う虎徹にはかなり親しんでいた。
静かで、物知りで―――年頃のガキには、頼もしく憧れの対象だった。
しかしそれは無邪気なガキの思い込みで、俺より幾分年上の男にしてみたら、別の感情があったのだろうが……。
いつのころからか母親は西院条から離脱していた。
伊熊の愛人を辞めたのだと知ったのは少し大きくなってからだ。
別れ自体は円満だったらしいが、母親が別れを決意する切欠が虎徹だったというのを知ったのもその時だった。
『伊熊の跡は私が継ぐ。』
そう宣言した虎徹は将来邪魔になりそうな異分子―――俺を排斥すべく、裏から手を回し俺の母親に圧力を掛けてきたそうだ。