明日はきらめく星になっても
その後も暫くは、彼から見合いをしたと報告を受ける事もなかった。
稽古中も今までと変わらぬ態度でいたし、こっちも他の縁談でバタバタしていたから、トオルを構ってはいられなかった。
そんなある日……

「明後日、あの人に会います」
彼が報告してきた。
「あの人…?誰のことだ?」
すっかり忘れていた俺に、トオルは照れるように言った。
「あの見合いした女性です。リンゴ狩りに誘われました」
「リンゴ狩り…?」
何やら安堵したような顔つきにも見える。さては、諦めてなかったか。
「お前、あの女性と会ってたのか?」
迷うだの何だの言ってたのでは…と思いつつ聞くと、そうではないと言う。
「昨日、偶然、勤務中にお会いして……助けて頂いたんです」
「助けてもらった⁈ 警官のお前が、一般人の彼女にか?」
「はい…」
何とも不可思議な話だ。警官が一般人の助けを得るとは。
「それで、何故リンゴ狩りなんだ?助けたお礼に連れて行けと言われたのか?」
「いえ、そうではありません。単純に行ったことないので、一緒に行ってもらえないかと誘われたんです」
「ふぅん。それでお前はお礼の代わりに、付き合うことにしたんだな?」
「いや…そういう訳ではないですが…」
「じゃあどういう訳なんだ?」
「それは……」
返答に詰まっている。簡単に説明できる程、心の内は単純ではないと言うことか。

(もしくはしたくないかの、どちらかだな…)
多分後者のような気がしてニヤついた。そんな俺の顔を見ないように、トオルはわざとらしく視線をそらした。
「まあいい。行くのなら楽しんで来い。晴れることを祈っといてやる」
「はいっ。ありがとうございます」
(……嬉しそうな顔しやがって、そんなに会いたかったのか…)
人を好きになるのに時間はいらないとよく言うが、トオルもまた、そのパターンか…。

「お前の息子、明後日デートらしいぞ」
写真の親友に話しかけた。
彼は年をとらない。いつまでも四十代のまま。若いままだ…。
「お前はいいな。いつまでも若くて…」
ボヤきながら酒を飲む。俺たちの夢は、酒を飲み交わしながらトオルの話をあれこれする事だった。
「今日の話も、本来お前が生きていれば、俺が聞かされる立場だったんだよな…。二人で飲み交わしてたら、いい酒のつまみになっただろうに…」
小さい頃から父親を慕い、どこへ行くにもついて来ていた。小学生の頃は聞かん坊で、何かと手を焼くことも多い子供だったが…。
「お前が死んだ後だったかな。あいつが警察官になると決めたのは…」
銃弾に倒れた父親の後を引き継ぎ、世の中の治安を守るんだと言っていた。

「お前は幸せな父親だな…」
さぞ生きて見続けていたかっただろう。一人息子が立派に育っていくのを…。

哲司の命を無情にも奪った銃弾は、彼の妻でもある優子さんのたっての願いで、今も仏壇に供えられている。
聞かん坊のトオルが反抗期に入った時、彼女はそれを見せてこう諭したこともある。

「人はこんな小さな弾一つで、命を失くす程儚いものなのに、何故あなたは素直になれないのかしら…。明日という日は、必ず来るものではないのに…」
看護師である母親にそう言われ、トオルは何も言い返せなかったと、泣きながら悔しそうに話してくれたことがある。
あの日から、何かにつけ悩んだり迷ったりしたら、俺にだけは相談してくるようになった。

「お前の役目を取ってしまったようで申し訳ないが、代わりに務めはきちんと果たしてやるからな」
自分の子供は二人とも娘、相談相手はいつも妻だ。
だから、こうしてトオルの相手になってやることは、俺としても息子同然の行為だ。

「トオルが会うのを楽しみにする女性というのは、一体どんな感じの人だろう。あの頑固者を動かすなんて、大したもんだよな…」
哲司には見えているのかもしれないが、自分には想像するだけだ。
「是非一度、お目にかかってみたいものだな…」
思わず笑いが込み上げる。冷静沈着で滅多と表情を崩さないトオルの、嬉しそうな顔を思い浮かべると可笑しかった。
「…報告が待ち遠しいな」
写真の親友に向かって願う。
トオルのデートが上手くいくように。
立ち枯れていた木が、うまく枝葉を伸ばしていけるように…と。
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