明日はきらめく星になっても
「何事もいきなりなんです!」
半ば怒ったような言い方だった。
「なんだなんだ。穏やかじゃないな」
呆れるように言うと、困り顔でこう付け加えた。
「仕事をいきなり、しかもほぼ感覚だけで決めてきたんです」
「誰がだ?彼女がか?」
「はい…」
詳しく話を聞くと、三ヶ月前に私的理由から無職になっていた彼女が、昨日、突然仕事を決めたそうだ。

「その決め方がいい加減なんです。よく考えもせず、外観とぱっと見の雰囲気だけで、自分からお願いしたらしくて。理由を聞いても『全部良かった…』とか何とかはっきりしない感じで…」
それで心配になって、仕事帰りの彼女に会いに寄ったらしい。
「彼女の様子はどうだった?…大体どんな仕事をしてるんだ?」
「老人のデイサービスらしいです。初日の今日はとても楽しかったと、本人は言ってましたけど…」
以前も同じような福祉系の仕事をしていて、体調を壊した経歴があるだけに、ずっとそういう仕事は避けたいと話していたらしい。
「ならいいじゃないか。お前にはいい加減に見えても、彼女は自分なりにやれると思って判断したんだろう」
「それはまぁ、そうだと思いますが…」
トオル自身、それは納得しているらしい。でも、どこか釈然としない部分があり、ブツブツ文句を言っている。

「……何故あんなに心配するんだろうな…」
写真の親友に問いかけた。
「女の仕事なんて、一生ものとは限らんのにな…」
特に警官の妻ともなれば、多くが家庭の主婦として収まっている。外で危険な仕事をする反面、家庭でほっと落ち着きたいと思う男が多いからだが。
「…そう言えば、お前の所は共働きだったな」
哲司の妻の優子さんは、総合病院の内科で勤務するベテラン看護師だ。
亡くなった哲司と知り合ったのも、その勤めている病院に、彼が入院したのがきっかけだった。

『俺が殆ど家にいないからつまらないんだとさ』
自分よりも気が強くて頼れる女だと、哲司はよく笑って自慢していた…。
しかしその優子さんも、哲司が急に死んだ時にはさすがにショックが強くて、暫く起きれない程だった。

「あの頃、トオルは母親の面倒をよく見ていたな…。自分もまだまだ子供で、心細い思いもしてただろうに…」
忌引き以外で学校を休むこともせず、家では床に伏せる母親を心配して世話を焼く…。
「子供ながら、対した親孝行者だと思ったもんだよ」
だからだろうか。何事かあっても、妙に冷静で慌てふためきもしない。感情を押し殺して我慢しているような感じもない代わりに、明らかに表に出すようなこともしない少年だった。
「そのトオルが、この最近は何だかいろいろと面白い反応を見せてくれるよ」
この間と言い今日と言い、彼女が絡むとやたら感情が表に現れる。
「まぁ人間、のっぺらぼうではつまらんからな…」
これからもよろしく頼むよという、哲司の声が聞こえてきそうだ。
俺達の息子が、これから先、どんなオアシスを作り上げていくのか、楽しみで仕方ない。彼女のことを自分のことのように気にかけるトオルが、少しずつ人間らしくなっていくようで面白かった……。


「全く…女ってのはホント隙だらけっすよねーー」
十二月に入ってすぐの忘年会の席で、トオルは珍しく深酒をしていた。
「おいおい誰だ。こいつをこんなに酔わせたのは……」
そう聞いてまともに答えられるような者は一人もいない。誰もが皆、同じくらい酔っ払っていた。
普段、一般市民に飲み過ぎないように言う立場の人間が、揃いも揃ってこんなに泥酔するとは…。
(情けない話だ。俺達の若い頃からは考えられん…)
付き合いきれず二次会で切り上げて帰ったから、その後若い連中がどうしたかまでは知らなかったが、四、五日後、トオルは呟くように言葉を漏らした。

「……参りました…」
「何がだ?」
手合わせもしないうちから何を言い出すのかと驚いた。
「先日、忘年会の日にヘマをやらかしたみたいで、説教されました」
「説教⁉︎ …まさか…彼女にか?」
罰の悪そうな顔をして視線を逸らす。言わんこっちゃない。飲み過ぎだったんだ。
「一体何を言われたんだ」
興味本位で聞いてしまった。この頑固者を説教するとは、相手もなかなかどうして勇ましい。
「それが…実は飲み過ぎで、全く記憶にも無い事を責められまして…。こっちが言い訳もできないでいると、覚えが無ければ何をしてもいいのかと怒鳴られた次第で…」
女に怒鳴られるなど、母親の優子さんですら滅多にない事だろう。可笑しくて仕方ない。
「余程呆れてたんだろうな」
笑いを噛み締めて言うと、トオルは肩を落とした。
「はぁ…記憶を失くす程飲むなんて、職業以前に人してどうなの⁉︎と…」
(くっくっくっく…気の強い女性だな…)
「全く…その通りだな」
「はい…。だから参りました…」
(師の言葉より彼女の言葉に参るとは……このトオルがな…)
込み上げそうなものを何とか堪え、奴に心構えだけ諭した。
「お前は一般市民の安全を守る仕事をしているんだ。制服を着ていなくても、それは忘れてはいけないぞ」
「はっ…本当にそうだと思います…」
頑固で滅多と反省もしない奴をここまで素直にさせるとは、実に小気味いい話だ。
「トオル、お前の彼女はえらくしっかりした感じの人らしいな」
こっちの言葉にハッとしたような顔をしている。どうやらそんな風に思ったことは一度もなさそうだ。
「年下だからと言って見くびるなよ。痛い目に合うぞ」
念の為、忠告しておいた。すると、奴が困ったように呟いた。
「それが…実はもう合ってます…」
何やら悩みがあるらしい。この際だから、もう少し話を聞いといてやるか。
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