空が暗いうちに。
prologue
忍び込んだのは、夜の学校だった。
普段とは違う顔を見せる校舎に、私は怖さとは違う高揚を感じていた。

見つめるのは、この手を引く彼の背中。

立入禁止の札が掛けられた屋上のドアを、まるで小学生のように悪戯っぽい表情で開けてみせ、一層強い力で私を外へと導いた。


「……うわぁ……綺麗…」


広がるのは、満天の星空。


「だろ?…おまえにどうしても見せたかったんだ」


得意気に話す姿が本当に小学生のようで、少しだけ、隠れて吹き出してしまった。
私は慌てて、誤魔化すように口を開く。


「どうしても…って?」

「だっておまえ、こういうの好きだろ?星がどうとか、雨がナントカって…いつも語ってるからさ」

「ナントカって…私の話ちゃんと聞いてないんでしょう」


わざとらしく両頬を膨らませれば、彼は乏しい演技力でそれを否定した。


「…よしっ、じゃあ準備するか」

「うん」


頷いた私は、左手にぶら下げていた袋から青いビニールシートを取り出した。
家族が使っている花見用の大判サイズだ。
それをコンクリートの地面に敷き、二人向かい合って座る。
すぐに彼は、自分が持っている紙袋から箱をそっと取り出した。


「潰れてなければいいけど…」


中身の無事を案じながら、更にその箱を開けた。


「あ…、ちょっと崩れちゃったみたいだね」

「うわっ、ほんとだ。俺なりに優しく持ってたつもりだったんだけど」


出てきたのはホールで買った苺のショートケーキ。
但し、一部損壊。
二人して少しだけ肩を落としたが、次に目が合った瞬間、同時に笑った。


「まぁいっか!食べれる食べれる」


冗談ぽく言いながら、一頻り笑い合う。

胸に温かな感情がなだれ込み、優しく締め付けられた。


「…ハイ、じゃあ改めまして…」


笑顔を少し残して、彼の顔は一層、男になった。


「誕生日おめでとう、七海」


優しい声。
あどけなさと男らしさが混在した、艶を感じさせる声。
彼の背景には星屑が散らばり、その仄かな光に浮かび上がった表情がとても綺麗だった。
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