闇社会を知ってる人間は幸せが何か知らない
記憶は失くすものであって、なくなるものではない。捨てるというのなら、また別の話だ。
湊は眠りから目をさました。
見覚えのない天井。
覚めない目をこすりながら上半身を起こす。
見覚えのない部屋が目の前に広がっていた。
つまり、彼は見覚えのない部屋の見覚えのないベッドの上で寝ていたことになる。
人間にとって、この場合、この状況をどう見るだろうか。
彼はこの場合、頭を使う。
なぜここにいるのか、なぜ知らない部屋で寝ていたのかを。知らないが由に考える。
が、不思議なことになにも思いつかない、"なにも思い出せない"が正しいだろう。
これは"不思議なことに"ではない。
不思議ではない、なぜなら彼は記憶を失った、いや、捨てたのだから。
けど、記憶を捨てた彼は今、そのことさえも憶えていないのが当然だから、驚き、唖然とする。
なぜ記憶がないのか。
知らない部屋で、知らないベッドの上で、思い出せるはずもない、簡単には取り戻せない思い出、記憶について、彼は思い出そうと、自分の記憶について考えようとはしない。
簡単に取り戻せない記憶に時間をかけるなんて愚かだろう。自分ですてたのに。
だけど、彼は記憶を捨てた愚かな自分を、自分についてを知らないのだ。少しは時間が無駄だと思ったけど、それは簡単に取り戻せないと知ってるからではなく、ただ単に、ただ単純にめんどくさいからだ。それに、名前だけ知っていたら十分だろうと、思ったからだ。いや十分ではない。彼にとって、名前を忘れていないということは、自分の想い、人生に未練があることになる、ただ、捨てきれなかったのかもしれない。生年月日や自分を産んだ母親、何を食べ、何を思い、どんな風に暮らしたか、そんな記憶、思い出は捨てれたのに、つまらなくも幸せだといえる記憶は捨てたのに、この世で一番嫌いな人から貰った名前はどうして捨てれなかったのか。そこに未練があるとしか思えない。
記憶のない彼にとっては、"名前だけあればいけるだろう"と思った。まとめると"名前憶えてるし、『考える』ことがめんどくさい"ということになる。
人間にとって一番大事な、"考える"ことを放棄したのだ。
いや放棄ではない。
彼が記憶を捨てる前は、頭がよすぎて*要注意人物"だったので、記憶をすてても頭の良さはそのままだと思うのだが、それはおいといて、彼が出した結果、"ここはいったん保留にしておこう"ということだ。
記憶を捨てていない彼なら"めんどくさい"だけで思い出すことを保留にはしない。彼の生きてる社会、自分が生きていくための世界で、何も知らない、なにも思い出せないは、それすなわち死を意味するからだ。
だいたい彼が記憶を捨てる、放棄していなかったら、きっと、"めんどくさい"なんて考えなかったはずだろう。今更、こんな文句をいっても後の祭り。
とにもかくにも、彼は思い出すことを、記憶について考えることを保留にした。
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