アマリリス
第11話

 抱き締められたまま永遠とも感じられる時の流れを経て、美玲はようやく口を開く。
「大好きって、私のこと?」
「この状況で他の誰かを好きなんて言いませんよ。貴女が、美玲さんが好きです」
 心臓が飛び出んばかりにバクバクと激しく鼓動し、今自分が告白されているのだと実感する。
(嘘でしょ? こんな良い人が私なんかを好きだなんて、信じられない……)
 ドキドキしながら黙っていると、大輝が抱き締めたまま耳元で囁く。
「美玲さんは僕のことどう思ってますか?」
(ストレートに来た! どう言おう。ここは素直に言うべきか。でも、さっきの会話だと特定の人がいそうだし、年上だから都合のいい女って思われてるかもしれないし。でも、清水君に限ってそれはなさそうだし。どうしよう、どっちが正解だ!?)
 短い時間ながら頭をフル回転させ、美玲は正しい回答を模索する。身体に伝わる熱と緊張感から上気してなかなか冷静にはなれない。
「き、嫌いじゃない、よ」
 搾り出した答えがあまりに中途半端で言った瞬間自己嫌悪になる。
(わー、私何言ってんだ!? 中途半端すぎ!)
 そう思った刹那、大輝が返す。
「意味が良く分からない」
(ですよね)
「あの、だから、その、良い人だなって思うけど、まだ知らない部分が多いし、これからいろいろ知って行きたいなと思ってるところ」
「ずるい回答ですね。僕はハッキリ言ったのに」
「それは……、で、でも、それを言ったらさっきの料亭での質問を保留にした清水君だってずるいわ」
 ずるいと言う言葉を聞いて大輝は抱擁を解く。ホッとしたような残念な気持ちで一歩後退すると美玲は切り出す。
「もしさっきの質問にちゃんと答えてくれてたら、もっと違った回答をしてたと思う。清水君の想いは正直嬉しい。けど、今の状況ではこれが精一杯」
「そうですね。確かにそうだ。すみません、なんか強要したようになっちゃって」
「いえ、こちらこそ何かすみません」
 互いに頭を下げ、同時に苦笑いする。
「ずっと思ってたんですが、私達ってどこか似てますよね」
「うん、僕もそう思ってました。不器用なところとかも」
「確かに」
 そう言って美玲は笑みを見せる。
「美玲さんはさっきこれ以上言えないって言いましたけど、似た者同士だし、ある程度は分かってるつもりです」
「清水君……」
(そうよね。こうやって頻繁に食事して、毎日メールして、気持ちが分からないほどニブくはないものね)
「だから、今はこの関係でも十分です。ただ、僕の気持ちは知ってて欲しかった。さっき捕まえなかったらきっと美玲さんは僕から離れるって察したから」
(鋭い。もしさっき告白されてなかったら清水君のこと諦めてたと思う)
「そうね。私も今の関係は嫌いじゃない。ううん、むしろ望んでる部分が大きい。だからこそハッキリして安心したい気持ちが先走って料亭で聞いた。ちょっと焦りすぎたのね。反省するわ」
「謝らないで。ちゃんと言えない僕が悪いんだ。美玲さんは悪くない」
「清水君……、さっきからずっと私のこと名前で呼んでる」
「あ、すみません。つい……」
「嬉しいわ」
「えっ?」
 美玲の笑顔に戸惑い驚く。
「私も大輝君って呼んでいい?」
「それはもう! 喜んで!」
「居酒屋の店員さんみたいな返事ね」
 苦笑しながらも美玲の心はとても温かくなり、互いの気持ちが通じ合っていることを実感していた――――


――数日後、いつもより早い時間にお見舞いに行くと交流スペースのベンチで由美香を見つける。交流スペースは患者同士が話したりゲームをしたりし交流を深める場であり、子供から大人まで様々な人が利用していた。由美香の隣には若い女性が座っており楽しそうに話している。美玲の姿に気付いた由美香は女性に手を振ってからやってくる。
「お母さん、今日は早かったんだね」
「ええ。あちらの方は?」
「下の病棟の清水澪(しみずみお)さん。私が入院する前から入院してるんだって」
 清水という名前にドキリとするものの、澪と目が合うと互いに会釈をする。その綺麗でどこか儚い表情に美玲は焦燥感を覚える。
 その夜、どうしても会いたいと無理を言い、深夜の公園で大輝と落ちあう。告白を受け互いを名前で呼び合うと距離感はさらに近づき、それと共に大輝の影にチラつく相手女性のことが気になって仕方がない。笑顔で現われた大輝と対照的に美玲の表情は暗い。
「こんばんは、珍しいね、美玲さんからこんな呼び出し方するなんて」
「ええ、ごめんなさい」
「どうかしたの?」
「清水澪さん、って大輝君とどんな関係?」
 会って早々、美玲は思っていたことを単刀直入に問う。その名前に大輝は目を丸くした後、困った顔をした。
「今は言えないって、言っても通じそうにない雰囲気だね?」
「ええ、ちゃんと知りたい」
「言えば関係が終わるかもしれない。言わないと僕への気持ちが離れる。今、そんな葛藤を抱えてるよ」
「言って欲しい。その方がすっきりする」
 強い意思のこもった目を見て、大輝は溜め息を吐く。そして、二人の関係を大きく変える一言を放った。
「分かったよ。澪は、僕の妻だ」

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