アマリリス
第12話

 大輝の言葉を聞いた瞬間、美玲の中で心の割れる音がする。そして、黙ったまま踵を返す。大輝はその動きを察知し肩をさっと掴む。
「美玲さん、待って!」
「何? もう聞くことも話すこともない」
「最後までちゃんと話を聞いて欲しい」
「愛人にならならない」
「そんな馬鹿なこと言うもんか!」
「言ってるようなもんでしょ?」
「だから、ちゃんと冷静に話を聞いてくれって!」
 大輝の勢いに押され美玲は仕方がないと言ったふうに向き合う。
「きっと最後の話になるから聞いてあげるわ。苦しい言い訳をね」
「ありがとう、最後にするつもりはないけど、ちゃんと話すよ。とりあえずベンチに座って話そう」
 誘われるまま並んでベンチに座ると、ゆっくりとした口調で切り出してくる。
「さっきも言ったように澪は僕の妻だ。愛してるし大事にしてる」
 直ぐにベンチを立とうとするが、先回りされじっと睨まれる。
「で、私を愛人にしたくて口説いてたって?」
「いや、愛人とかじゃなく結婚したいと思って口説いてた」
「いやいや、意味が分からないから。既に結婚してて澪さんを愛してるって言う貴方が言っていい台詞じゃない」
「それはよく分かってる。そうだね、順を追って詳しく話そう。まず、僕が澪を愛してるというのはほとんど情の部分が占めてる。一緒に暮らした期間がそうさせてる。けど、澪は僕を愛してはいなかった。いや、澪なりには愛していたのかもしれない」
 掴みどころがなく理解し難い表現に美玲は首を捻る。
「ごめん、分かりにくいよね。澪は僕の資産目当てで結婚してたんだ。親が会社経営してるって知ってたからね。だから、結婚後も外に好きな男を作ってた。本人はバレないようにしてたみたいだけど、僕はすぐに分かってたよ。もちろん、それで問い詰めた、そんな女とは一緒に居たくないからね。でも、そんな離婚協議の最中に澪は倒れた。急性白血病だって。しかも余命が半年って」
 余命が半年と聞き、美玲の顔が青くなる。
「その話を聞いてざまあ見ろ、天罰だって思うこともあった。反面、楽しかった思い出や澪の笑顔がチラつくと涙が出た。そして、僕は考えた抜いた末、残りの半年を悔いなく過ごして貰う様に、彼女の望むようにしてやろうって決めた。でも、彼女が語った望みは意外なもので、浮気相手の彼でも金品でもなく、僕との時間だった。僕は葛藤したよ。許せない想いもあり一度は真剣に恨み、離婚訴訟までいった相手。でも、死を間際にして僕を望む澪を見てると断れなかった。一緒に暮らした時間が、思い出が、情が僕をそう決断させた。心では今でも葛藤してる部分があるけどね」
 大輝の語る衝撃的な話に美玲は何も言えない。
「そんなときに出会ったのが美玲さんだった。この出会いは運命だと思った。目が合った瞬間に、この人だって思った。理屈じゃなく魂で感じたんだ。この人といたい、この人と一緒になりたいと。でも、僕が既婚者と知ればきっと美玲さんは僕の元を離れる。一度離れた想いを取り戻すのは難しい。だからずっと黙ってたんだ。貴女に嫌われたくなかったから」
 大輝の言葉が途切れ沈黙が流れると美玲が口を開く。
「つまり、澪さんを看取るまでは黙って過ごし、全てが済んだら話そうと思ってた。こういう訳?」
「そう、狡猾で情けない男だろ?」
「そうね、馬鹿でずるくて、優しい人だと思う」
「えっ?」
「そんな貴方だから私も好きになったんだと思う」
 好きという言葉に大輝は驚く。
「美玲さん、今好きって……」
「言わなくても知ってたでしょ? でも、もう言わない。事情は分かったし。だから、これからは澪さんの側に居てあげて。私のことはほっといていいから」
「いや、でもそれは……」
「大丈夫。嫌いにならないし、気持ちも離れたりしないから。貴方の心がどこにあるのか、それがハッキリしたから安心してるし信じてる」
 美玲の笑顔に大輝はホッとした表情を見せる。美玲はそのまま話を続ける。
「でも、私と大輝君の関係が澪さんに知れてたら彼女はきっと傷つく。だからもう連絡は取らないし、会わない方が良いと思うの。私はただ貴方を信じて待ってる。今の私にはここまでが言える限界。これ以上望むのはおこがましい」
「美玲さんは、本当にそれでいいの? 大丈夫?」
「大丈夫、離れていても心はいつも側にいる、ってヤツよ。それに、今のまんまじゃ何の進展もなさそうだし。我慢するわ」
「美玲さん……」
 大輝の言葉を聞くと何も言わずにベンチを立ち上がり出口へと歩いて行く。悲しみと喜び、戸惑いと不安、表現しようのない感情に包まれながら。

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