アマリリス
第13話

 翌日、由美香の病室に向かうとそこに姿はなく、交流ルームにいるのだろうと察しをつける。ただ、気がかりなのは交流ルームには大輝の妻である澪がいる可能性があり、極力会うのは避けたいと思う。親交が生まれては今後やっかいなことになりかねない。大輝ではないが情が移ってしまうと、自分でもその想いを処理できそうにない。緊張し警戒しながら交流ルームに向かうと、案の定、そこに由美香の姿が見られる。幸い澪を居ないようで急いで側に駆け寄る。
「由美香、来たわよ」
「お母さん、今日も早かったね。イケメン彼氏の大輝さんとのデートはいいの?」
「ここでそういう話はしない。ほら、早く病室に戻るわよ」
「はいはい、照れちゃって可愛いんだから」
 ニコニコしながら交流ルームを出る由美香を追うと、そこにちょうど澪が現われる。
「あ、澪お姉ちゃん」
「あら、由美ちゃん。今日はお母さんと一緒なのね」
 そう言うと澪は美玲を向く。
「初めまして、清水澪と申します。由美香ちゃんには仲良くして貰っています」
「どうもご丁寧に、母の美玲です。こちらこそ由美香がご迷惑をお掛けしてしております」
「ご迷惑だなんて。由美ちゃんにはおしゃべり相手として楽しくさせてもらってます」
 にこやかに語る澪を見て、その背景を知り隠し事をしているだけに胸が苦しくなっていく。
「そうそう、昨日もお母さんの彼氏の話をしたんだよ。それで、澪お姉ちゃんの旦那さんに似てるかもって」
 その言葉にドキリとし澪を見ると、じっと美玲を見つめている。
(まさか、バレてる?)
 どぎまぎしていると由美香が裾を引っ張りつつ背後に隠れる。その様子に疑問を抱いていると、澪の背後から大輝がやってきていた。
(マズイ! このタイミング大輝君が来たらとんでもないことに)
 内心焦っていると、由美香が決定的な一言を発してしまう。
「澪お姉ちゃん、あの男の人がお母さんの彼氏だよ。カッコイイでしょ?」
 指差しながら嬉しそうにいう由美香に、美玲は全身の血が引いていく。
(終わった。これは決定的……)
 愕然としていると澪が大輝の方に歩み寄る。
「貴方が由美ちゃんのお母さんの彼氏……」
 大輝も状況を把握したようで顔色を変える。
「ホント、由美ちゃんの言うようにカッコイイわね。じゃあ、お邪魔しないように私はこれで」
 そういうと澪はさっさと場を後にする。残された美玲と大輝の様子がおかしいと由美香も感じるが、その理由までは分からず首を傾げた。

 
 数日後、由美香から澪が自殺未遂は図ったと聞いたとき、自分がとんでもないことをしてしまったのだと実感する。大輝に連絡を取り詳細を聞くと、発見が早く命に別状はなかったものの、精神的なショックを受けていると言われる。
 事態を飲み込むと浮かれていた自分を呪い、それと同時に美玲は大輝との関係を完全に絶とうと心に決めた。初めて会った屋上に大輝を呼び出すと、決断が鈍らない内にすぐさま切り出す。
「別れましょう。今後一切連絡も取らないし会わない」
 真剣な表情の美玲を見て、ただ事じゃないと大輝も察する。
「随分唐突な話だね。澪の件を受けてかい?」
 頷く姿を見て大輝は溜め息を吐く。
「澪の件は気にしないでほしい。これは僕と澪の問題だから」
「関係なくない。私の存在にショックを受けた澪さんが自殺未遂をした。それが事実」
「そんな簡単なことじゃない。美玲さんは何も分かっていない」
「分かってないのは貴方の方よ。彼女の孤独感は想像に難くない。いくら過去に浮気してからと言って、浮気されたら誰だって傷つく。まして、澪さんは病床の身。もっと大切にすべきだった」
「浮気なんてしてないだろ。まだキスすらしたことがないんだ。法的に問題ない」
「法的に問題なければ、人の心を傷つけてもいいっていうの? 最低ね。そんな人だとは思わなかった」
 強い口調の美玲に呼応するかのように、大輝も同じように攻勢に出る。
「そんなこと一言も言ってないだろ? なんでそうなんでもかんでも決めつけるんだ。そういうところが美玲さんの悪い癖だよ」
「ご指摘どうもありがとう。感情的になってすぐ暴走するし、頑固で不器用で、バツ一のどうしようもない女ですよ。貴方みたいな立派な人は釣り合わないわね」
「まさか本気でそう思ってる? 呆れたよ、美玲さんはもっと聡明な女性だと思ってた」
「それは貴方の買い被りよ。何度も言ってきたけど、私は尊敬されるような女じゃない。どうしようもないダメ女なのよ」
「そうやって自分を卑下してみても何にもならない。何でもっと自分を信じてやれないんだ? 自分の一番の理解者は他の誰でもない自分自身であるべきだ。そうでないと、自分の心が可哀想だろ?」
 大輝の言葉に美玲は苦渋に満ちた表情をし切り出す。
「私は、貴方が思ってるほどいい女じゃない。年上だし、離婚だってしてるし、意地っ張りでヤキモチ妬きでひねくれ者。全然良いとこ無しよ」
「そう思うのは、きっと君が自信を持ててないだけで、美玲さんの良いところは僕がたくさん知っている。他人を命を大切にする気持ち、花を自然を愛する心、日々の何気ないことにも感謝すること、命がけで由美香ちゃんを守り育ててきたこと、その全てが尊敬できるし素晴らしい生き方だと心の底から思う」
 大輝からの温かい気持ちが嬉しい反面、澪の件が頭をよぎると美玲の心は閉鎖的になってしまう。
「なんて言われても、私はもう大輝君とはもう会わない! もう終わったの! 終わらせないといけないのよ! 今のままじゃ誰も幸せになんかなれない! 誰かが傷つくだけの関係なんてもう嫌なの!」
 一際大きな言葉を受けて大輝は押し黙る。二人の間に少しの沈黙が流れ、美玲はぽつりと言う。
「今までありがとう、さようなら……」
 涙を流しながら駆けて行く美玲を引き止める術を持たず、大輝は屋上で立ち尽くすことしかできなかった。


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