アマリリス
第5話

 八重からの不倫告白を受けた影響とは思いたくもないが、病院で出会った男性のことがずっと引っかかっていた。顔がちょっとタイプであったことは認めるが、名前も何も知らない相手を好きになるなんてことは今までになかった。
 付き合うにしても結婚するにしても、条件がまず先立ち、所謂三高である、高学歴、高収入、高身長が当時のステータスであった。ただ、この条件で得た結婚生活は容易に破綻し、男を見る目のなさを思い知ることになる。
 この苦い経験から男は三高ではなく、所謂三手、手伝う、手を取り合う、手をつなぐの時代なのだと実感した。しかし、今の自分にはそのようなことを望むべき価値もないとも確信している。バツ一、子持ち、高年齢と、どう考えても悪い条件しかなく、良い点を無理矢理あげるとしら、子供想い、働き者、力持ちとなんとも色気がない。
(我ながらありえないわ。結婚はもとより彼氏とか、どの口で言えるのか。そんなことより今は由美香のことに心血を注がないと)
 エレベーターを待ちながら一人苦笑していると、隣に立つスーツ姿の男性が目に止まる。その顔を確認した瞬間ドキッとして目を見張る。男性も同じような顔をし口を開く。
「あ、こんにちは。またお会いしましたね。ホントよく会いますね」
「こんにちは、ホントよく会うわね。今日もお見舞い?」
「ええ、貴女も?」
「娘のお見舞い」
 エレベーターが到着すると、さりげないレディーファーストで先に乗り四階のボタンを押す。男性に階数を聞きいてから三階を押すとドアが閉まる。特に話すこともなくじっとその横顔を見つめ、初めて会ったときから抱いていた既視感の理由を探る。
(いくら考えても分からない。分からないけど、絶対どこかで会ってる。雰囲気と私の勘がそう言ってる)
 表現しようのない胸のざわめきを感じながら、見つめていると三階に到着し男性は会釈し降りる。ドアが閉まりかけた瞬間、美玲は開けるボタンを連打し開くと同時に男性を追う。先を歩くその背中を確認すると思い切って声をかけた。
「あの、ちょっといいかしら?」
 背後からの唐突な問いかけに男性は驚き振り返る。
「あれ、どうしたんですか?」
「いえ、あの、どうしても気になって。私達どこかで会ったことありませんか?」
「屋上で、ってことではないですよね?」
「それ以前です」
「やっぱりそうですよね。実は僕も同じように感じていました。どこかで会った気がするって」
 男性の言葉に美玲は自分の抱いていた感覚が間違いでなかったと思う。誘われるまま飲料水の販売機まで来ると、側にある長椅子に並んで座る。渡された紙コップのコーヒーを一口飲むと、男性の方から自己紹介をしてくる。
「僕は清水大輝(しみずたいき)と言います」
「私は神宮美玲です。名前聞いてもやっぱり分からないわ。清水君も?」
「はい、同じくです。でも、どこかで会った気はするんですよね~」
 そう言いながら大輝もコーヒーを飲む。
「同感。どこでだろ? 生活圏が同じなら買い物中に顔見知りに……、ってそれなら覚えてるか。出身地とかは?」
「僕は長野です」
「私と全然違うか。私は三重だし。本格的に分からないわね。清水君はなんで愛知に?」
「就職ですよ。神宮さんは?」
「私は……」
 離婚した前夫の顔がよぎり一瞬顔が曇るが、
「まあ、同じようなものね」
と、ありきたり返事をする。
(本当は結婚を期にこっちへ身一つでやって来たんだけど、初対面で話すことじゃないわよね)
 すまし顔で大輝を見つめていると、少し考えるような素振りを見せて話を切り出してくる。
「神宮さんは、運命って信じますか?」
 大輝から発せられた言葉に美玲は驚く。
(運命ってまさか、この人私のことを……)
 ドキドキしなが切り返す。
「運命、う~ん、どうかな。ある人にはあるのかも。私はそういう運命とか信じない質だからなんとも」
「そう、僕は運命はあると思ってる」
「へえ、もしかして清水君ってロマンチスト?」
「そうでもないよ。ただ、神宮さんとの出会いは運命だと感じてる」
 そう語った大輝の横顔はとても穏やかな表情をしており、美玲の心拍数を否が応でも上昇させていた。

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