時空(とき)の彼方で
「言っておくけど、ここではキャッシュカードやクレジットカードは使えないからね」
「えっ? だったらこれからの生活費はどうしたらいいんですか?」
「それも俺が出すよ。とりあえず今はこれしか持ってないけど、時々ホテルに渡しに行くから」

 そう言って岩清水は1万円札を数枚、彼女に渡した。

「すみません」

 仕事に戻った岩清水と、夕方から稽古があると言って劇場に向かった小川と別れ、彼女はホテルにチェックインした。
 10階建てのビジネスホテルだったが、近くにコンビニや飲食店が揃っていて、当面の生活には不自由する事はなさそうだ。

 早速彼女は、衣料品店で下着と着替えの服を購入した。
 それからコンビニに寄って、お弁当と飲み物、そして数冊の雑誌を手にした。
 10年のブランクは凄い。
 スイーツの種類も増え、お惣菜も充実していた。

 ホテルに戻った彼女は、ベッドに寝転ぶと買って来た雑誌を開いた。

「今って、こんなファッションが流行ってるんだ・・・」

 どのページも新鮮に見えた。
 考えてみれば、こうして10年後の雑誌を目に出来る人間などいないはず。
 今更ながら、彼女は自分の置かれた環境に興奮した。
 岩清水という知っている人に出会ったせいか最初の不安も薄れ、今はこの特別な体験を楽しみたいという思いが湧いてきた。

「そうだ」

 彼女は、部屋に備え付けられているテレビを点ける。
 ここで流れているニュースを覚えておいたら、元の世界で預言者になれるかもしれない。
 そんな事まで考えてしまった。

 夕食を終えた彼女は、バスタブにお湯を張りぬる目のお湯に体を預ける。
 そして部屋に戻ると、冷蔵庫から缶ビールを取り出して口を付けた。

「おいしい・・・」

 喉を潤す黄金色の液体が、体の隅々にいきわたるような気がした。
 ほろ酔い加減の彼女は、そのままベッドに倒れるとすぐに寝息を立て始めた。

 月の綺麗な静かな夜だった。
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