鳥籠の底は朱い道
だが、朱道はまだ素手である理由がある。理屈ではない、ただ単純に自分の拳で直に椿という存在を葬りたいという欲望があるから。
ただの突進など椿の眼にはスローモーションにしか見えていないだろう。ギリギリまで惹きつけると、椿は呆気なく朱道の一撃を避け、縦一線の傷を差し出した左手に引く。
「っち」
自分の腕が斬られたことに構わず朱道は連撃を繰り出すが、すでにそこに椿の姿はない。
振り向く動作よりも足音を聞く方が効率もよく早い。ただ確実でないのが欠点ではあるが、どのみちこの状況では振り向くよりも早く椿の一撃がくる。
耳を澄ませる朱道だが、そこで聞いた音は左右から弾けるステップ音。
一瞬、本当に自分の耳を疑った。だが、確実に椿は高速で朱道の背後を左右と移動を行っている。しかもそれ以降の音が聞こえてこない。
――来る!
一瞬の殺気を感じ取り、朱道は前方に飛び、遅れて背後では空を切り裂く音が鳴っている。
ち、危なかった。狙った位置は首だった。まともに受けらればそれで終了か……。
飛び込んですぐ朱道は振り返り、そのまま立つ……だが、どうして一番肝心な時に限って音を聞き取れなかったのだろうか。

「――終わりですね。さようなら、朱道」

「何……?」
振り返ったら目の前には殺気の壁が立ちはだかっていた。
そうしてさよならを言われた直後、自分の腹部に異常な違和感を感じる。
「――う、が、がはっ」
口から真っ赤な鮮血を吐き出すが、そんなことよりも自分の腹部に椿の手が入り込んでいることに驚きを感じさせられる。
そして椿が手を引き抜くと、全身の神経を抜かれたように力が入らなくなり膝が地に着く。
しかも驚くほど、まるで蛇口を全開に捻ったかのように血が噴出されている。
「……」
朱道は口周りを血に濡らしても、腹部から血を流しても視界から椿を消すことはない。
「はぁ、はぁ、オレはまだ死んでない。まだ、まだオレは……」
「……」
朱道の必死の訴えに、逆に椿が朱道から目を反らせてしまう。
だが、ここで殺さないとこの先にあるものは……そう考え、心を鬼にして椿はむき出しで無防備な首に死を与える一線を描く……。
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