たった一人の甘々王子さま


「自分のせいではありません。貴女が......ローラさんが自分を突き飛ばした結果です。腹いせに手を挙げるのはお門違いですよね?あと、一言。」


ここまで言いきり、一呼吸おいてから優樹が自分の思いを伝える。




「浩司は物ではありません。自分の大切な人です。ローラさん、貴女の思い通りに事が運ぶと思わないてください!」


「な、何よ?急に喋り出して.......」


高いヒールを履いていたローラだが、背の高い優樹が背をただして近づくと身長差で少し威圧感がある。
ローラも少し怯んだ。
しかし、フライドの高いお嬢様はここで負けない。


「貴女、私にこんなことしてタダですむと思っているの?私が誰だかご存じ?パパに一言言えば、貴女のことなんて捻り潰すことが出来るのよ?さぁ、この手を放しなさい!」


優樹が話し出す前に、ローラは捲し立てるように言い放った。
それでも優樹がローラの腕を放さない。
ローラも埒があかないと思ったのか着ていたジャケットの内側に左手を入れて何やら探っている。


「自分は貴女の脅しになんて屈しません。浩司は絶対に貴女のところになんかいかない!」


そう負けずに言いきった優樹の右頬にヒヤリと冷たい金属があてがわれた。


「煩いわね!それ以上声を出すなら貴女の綺麗な顔に傷がつくわよ?」


ローラがあてがったのは優樹にとっては忌々しい物.......
護身用のナイフだ.........


「あら?やっぱりこれって日本人に利くのね~」


ローラはピタピタと優樹の頬をナイフで触れる。
優樹の顔は一瞬固まる。
が、視線は反らさずに耐えている。
脳裏にはあのときの記憶が甦ってきた。


「ほらほら、早くこの手を放しなさい!ここに傷がつくわよ?」


いつまでも頬にあてがわれるナイフに優樹の脳裏に忌々しい記憶が鮮明に甦ってくる。


あのときとは全く違う状況なのだが、怪我を負った左足が疼く。
『いつまでも掴んでいるのよ?』
なんてローラが言葉をかけても優樹には届いていない。


「ほら、早くしなさい!私は、夏のパーティーでコージを見たときからずっと好きだったのよ!それなのに隣に居る女が、こんなお洒落もしない女でしょ?邪魔なのよ!出来る男の隣には、私みたいな容姿も家柄も整った女が相応しいのよ!」


『プツリ』と、優樹の頬骨の辺りにナイフの先端が突き刺さる。
『いった.....』と、優樹の声が漏れると同時にツーっと細い赤い線か顎に向かってかかれていく。
だが、ローラの脅しは止まらない。


「さぁ、貴女のお父様が悲しまれる前に決断しては?コージと別れるって。この条件を飲むのなら、パパに頼んで今の倍の金額で契約を結ばせるわ。」


優樹の頬にあてがわれたナイフが肌に直角に触れ、そのまま数㎝移動する。
勿論、移動すると優樹の顔が歪むし新たな赤い線も出来た。


その時――――――――


「そこまでにしていただきたい!」


「ユーキに何してくれてんのよ!」


バタン!バタン!と、廊下側から開けられたドアの開く音と、ベランダから開けられたドアの音も大きく響いた。


同時に、浩司とエリーの声も。


廊下側から部屋に入ってきたのは浩司で、ベランダから入ってきたのはエリーだ。


「ローラさん。」


令嬢の名を呼びながら浩司は二人に近づく。
エリーのことから気を反らす作戦か?


優樹の右頬が見えていなかった浩司は優樹まであと数歩と、いうところで動きが止まった。


そう、頬に傷をつけていたナイフが優樹の喉に当てられてたからだ。
優樹は浩司の顔が見れて安心したのか一筋の涙が流れた。


「ローラさん。やめてください。貴女は犯罪者になるおつもりですか?」


優しく問いかける浩司にローラはゆっくり横に首を振る。


「そんなつもりはないわ。貴方が私のとなりに来てくださるのならいつでもこの女を放します。さぁ、私と一緒に来てくださる?」


ローラは勝ち誇った顔で浩司へ視線を向けて取引相手を優樹から浩司に変える。


「そうでなければ、私の左手がどう動くかわかりません。貴方のお返事、聞かせていてだけないかしら?」


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