ビターチョコ
彼女と、進路は違うまでも、ずっと一緒にいるつもりなのだと、信じて疑わなかった。

「いつ言うの?
今はまだ彼女じゃない椎菜ちゃんに」

「早くて高校3年生になったら。
遅くて高校の卒業式、かな」

「ちょっと、麗眞くん……」

「ん?
何?」

何の動揺もしていないような表情が、私の心をイラつかせた。

「好きならちゃんと言いなよ!
曖昧な関係のまま、遠距離恋愛って、絶対続かないと思う。
何より、お互いにとってストレスだと思う。

それに、椎菜ちゃんが一番頼れるの、麗眞くんしかいないんだよ? 
麗眞くんがいない時に、彼女が他の男に乱暴されたりとか。

それでなくても風邪悪化させて、今回みたいに急性気管支炎で済めばいいけど。
肺炎にでもなったらどうするつもり?

好きならちゃんと、傍にいて気にかけてあげなよ!
椎菜ちゃんがかわいそうだよ!」


「気持ちはわかるのよ。
でも、ちょっと落ち着いたら?
岩崎さん」

「……」

私の矢継ぎ早な話し方に、伊藤先生もフォローを入れるくらいだ。

私自身も、一気に捲し立てたため、少し息を切らした。
落ち着かせるために、ベッドサイドのテーブルにあったお茶を飲み干す。

そして、ベッドに寝転んだ。

「気にしないで。
ただの、恋愛経験のない女の子の戯言だと思って、聞き流してくれていいから。
これ以上話してると、またあることないこと言いそうだから、今日は寝る。
おやすみ」


麗眞くんのほうを見ないでそう言った私は、彼や伊藤先生のほうには一切目線を向けることなく眠りについた。


夢を見た。

私は、黒いブラウスにデニムサロペットという格好で、キャリーバッグを引きながら駅までの道のりを歩いていた。

「お嬢さん可愛いね、食事でもどう?」

見知らぬ男3人に声をかけられた。
見るからに年上だ。
誰があんた達なんかと。
死んでも行きたくない。

私は、そんなガードが緩い子じゃない。
逆にとってもとっても堅い方だ。

さすがに、ダイヤモンドには負けるかもしれないけれど。
 
私が唯一、心を許せるのは、たった1人の男友達とまだ見ぬ同い年の男の子だけだ。
相手を思いっきり睨む。

「そんな、怖い顔しなくてもいーじゃーん」

「睨んでも、可愛いだけだけどね?」

まるで効果なしだった。
こんな男たちをどうあしらうかなんて、私の辞書と脳内メモリにはない。

麗眞くんは、先に椎菜ちゃんと仲良く帰ってしまったので、頼ろうに頼れない。

どうしようと困っていると、後ろから聞き覚えのあるような、どこか懐かしい男の人の声がした。

「ね、ナンパするなら場所考えなよ?
こんな、学校が近いとこでやるか?
普通。
知ってる?
こういうの、馬鹿っていうんだよ?」

「うるせーな!」


「やるのかテメエ!!


2人の男が、その男の人に掴みかかった。

すると、一人は、手刀で首の側面を撃つことで気絶させた。
もう一人は、喉を肘で打って攻撃意欲を失わせた。

その様子に恐れをなしたのか、逃げようとしたもう一人を膝の側面を蹴って地面に倒れこませた。

しばらく呆気に取られていた私は、ふと我に返った。
周りを見渡して、たまたま自転車の交通ルール注意パトロールの帰りなのか通りかかった警官を手招きして呼んだ。

「またか。
最近、多いんだよねー。
制服が違うけど、なに?

カップルなの?
君も、大事な彼女さんをを一人で歩かせちゃ駄目だよー?
4月とはいえ、陽が落ちるの早いんだから」

男の子のほうにそう言ってから、警官は私たちに近くの交番にいるように言った。


私は、なんとなく、助けてくれた男の人から目を逸らしたまま、お礼を言った。

直視出来なかった。
私を見てどんな表情をしているのか、怖くて見られなかった。

世の中の男の子が皆、麗眞くんみたいな人だとは限らないのだ。


そこで目が覚めた。
ゆさゆさと何度も身体を揺らされている。

 
目をゴシゴシ擦りながら身体をくるりと反転させる。
私を起こしていたのは、伊藤先生だ。


「伊藤先生……
今、いいとこだったのに……」

もう少し、長く眠っていられたら。

助けてくれた人の顔が、見られたかもしれないのに。

もしかしたら、宿泊学習の集合場所に向かう途中の電車の中で、助けてくれた子かもしれないのに。

タイミングが悪いことこの上ない。

「ほら、岩崎さん、元の部屋に戻りなさい?
皆きっと寂しがってるわよ?」


「はあい……」


確かに、伊藤先生の言う通りだ。
さすがに、皆が心配する。

麗眞くんの面影がないことからして、彼はすでに自分の部屋に戻っているようだ。

なんと言って、話しかければいいのだろう。

眠りにつく前に、あんなことを言ってしまった手前、少し気まずい。


目を擦って、違和感に気づいた。
いつも掛けている黒フチ眼鏡がないのだ。

「あ、岩崎さん、眼鏡ならベッドサイドのテーブルよ?
宝月くんの執事さんがね、外してベッドサイドに置いてくれたの」


言われた通りのところにあった眼鏡を掛けて、伊藤先生に失礼しましたと言って頭を下げてから自分の部屋に向かった。

夢を思い返すと、火がついたように顔が赤くなる。
皆に、どんな顔をして会えばいいんだろう。

深月ちゃんは特に、勘が鋭い。
私なんかの異変は、顔を合わせて数秒で察知するだろう。

カチャ。
ドアが開く気配がして、振り返る。

「全く。
岩崎さん?
大事な宝物、忘れてるわよ?」


部屋を出たところで、伊藤先生に電子辞書が入った紙袋を渡された。

危ない、お母さんからの大切なプレゼント、忘れるところだった。

仏壇の前では絶対言えないな。

そんなことを思いながら、私たちの部屋の前のドアの前に立った。


まだ、皆は寝てるのかな……?
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