シンデレラは硝子の靴を
―なんの冗談だ…



そのまま沙耶は固まって、自分の思考回路すらもよく把握できなくなっていた。



鈍い痛みは残るものの、大分よくなった肩。

医者からの許可も出て、今日から久々の出勤。


石垣とは、病室に訪れたあの日から顔も合わせていなければ、電話もしていなかった。



なんなら言葉を交わすのは、あのキス事故以来だ。



出勤する旨も、坂月経由で伝え、スケジュール帳もまた、沙耶の元に戻ってきた。


そこには几帳面な坂月の文字がつらつらと行儀よく並んでいる。


沙耶は何事もなかったかのように、いつも通りを心がけ、石垣に秘書として接するつもりだった。




なのに、何故。




自分に向けられたこの極上の笑みの意味する所は一体何なのか。




―しかも名前呼び捨てとか。



出会ってから今まで、大体『お前』としか呼ばれていないのに。




「ねぇ。あんた頭がおかしくなったの?」




「………」




「ねぇってば!聞いてんの…」




一度逸らしてしまった目を、再び石垣に戻すと。




「―ですよね…」



すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきて、思わず沙耶は脱力した。


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