【完】英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

「台所は見た?」

「台所?」

ぽかんとした声が聞こえてくるが、私は後ろを振り向けなかった。

「母がお手伝いやお弟子さんに任せている場所。そんな所から出てくると思うよ」

女だけの職場。才能だけで見る見るうちに差が開いていくと、嫉妬や憎悪や様々な感情が渦巻いていく。

父が亡くなってすぐだった。私が母の稽古で新しい舞を練習した時、その舞はまだ一番弟子さんも母から合格を貰えてない高度な舞だった。
嫉妬され、私の扇子も一度だけ無くなった。

でも私は父に買って貰った扇子だったから泣きながら一晩かけて探した。

母も廊下を歩く時、私が探しているのを見たが、何も声をかけてくれず、そのまま自室へ戻った。

嫌で堪らない舞を、大好きな父の扇子で頑張ろうと決めたのに、だ。

心が折れそうで泣いた。

結局、父の形見だと分かってから、お弟子さんの方から返してくれたけど。

あの日以来、その扇子はずっと使わなかった。――卒業式に持って行って、デイビットさんと賭けに負けたときだけ。

それが分かって、お弟子さんたちも憐れんでくれたのかあれっきり隠されていない。

でも何人かから、入門したら必ず一度はやられると聞いた。
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