恋愛温度差
「お、おは……よーございまぁす~」
 わたしは小声で店のドアを開ける。

 家に帰るより、直接仕事場である店にいったほうが時間的にいい気がして。
 茂美さんから借りたワンピースにカーディガンで、靴は君野くんから借りたブカブカサンダルというアンバランスな格好で店に足を踏み入れた。

「ああ、おはよう!! あかりちゃんっ。直接こっちに来たの? ご飯は? お腹減ってない?」
 店内の掃き掃除をしていた茂美さんが、顔をあげると笑顔で出迎えてくれる。

 わたしはぎこちなく微笑むと、「大丈夫です~」と呟いた。

「どうせ、アレだろ? 旺志に朝飯、作ってもらっただろ? あいつ、手先が器用だからなあ」

 厨房から顔を出したお兄ちゃんが、「お前、家事できねえしな」と言わんばかりの笑みを浮かべている。

 まあ、まったくその通りで。
 わたしが君野くんに見られないように着替えるにはどうしたらいいか、と無い知恵をヒネリだしている間に、手際よく朝食を作られてしまっていた……というのが現実で。

 お兄ちゃんに反論して、「違うし! わたしだし!」とか言えない己に悔しくなる。

「しっかしなあ。大して歩きもせずに、靴擦れってお前……恥ずかしいヤツだなあ、おい。ヒールごときで。女じゃねえなあ」
 お兄ちゃんの発言に、ムッとするも……事実だし、言い返せずに、わたしは下を向く。

 ヒールごときで、歩けなくって悪かったわね。

「あら? そのヒールごときの痛みに気づかないで、デート中ヘラヘラしっぱなしの男のほうが、よっぽどオトコじゃないわよ」
 茂美さんが、ほうきをお兄ちゃんのほうに傾けて、眉をくいっと引き上げた。

「あ……あれは~。ほら、アレだから」
 お兄ちゃんが口ごもって、あさっての方向に視線をおくる。

 どうやら、茂美さんがヒールで靴擦れを起こしていても、お兄ちゃんがデートを続行していた過去があるらしい。

「それに比べて、旺志くんは気づいてくれて休ませてくれたんだから。オトコだね~。欲望にまみれたどっかの誰かさんとは別人~」
「欲望???」

 茂美さんのワードに、わたしはついドキリと胸が跳ね上がる。
 昨晩の情景がパッと脳裏に浮かんで、頭を小さく振った。

「そ、欲望のまま、あちこち人を振りまわりして。足が痛いっていう言葉すら言わせないマシンガントークもされて。あのときの帰り道は、裸足で半泣き状態だったなあ」
「半泣き!?」

 また昨晩の光景が、脳裏に広がる。
 痛いと小さく叫びながら、涙が目頭にうっすら溜まったときに、ぼやけて見えた君野くんの顔が……。って、また思い出して!

「今となっちゃあ、いい思い出だろ??」
 お兄ちゃんが苦笑いをうかべて、厨房の奥へと逃げていった。
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