狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】

XXXⅨ―ⅳ 整いゆく準備Ⅳ


(…そろそろ夕暮れの時刻か)


キュリオはアオイを胸に抱いたまま窓の傍へと歩みをすすめる。
寂しげに中庭に長く伸びる木々の影を視線で追いかけながらも、キュリオは明日という素敵な日に心を高鳴らせていた。


「民へ知らせるのは…アオイがもう少し大きくなってからがいいな」


何もわからぬ小さなアオイにウィスタリアのような不届き者が現れ、また危害を加えるかもしれない。まだ自分の足で逃げる事も、声をあげ助けを呼ぶことも出来ない彼女への心配はいつまでも消える事はないだろう。


「大丈夫…君が怯えて暮らすような事には決してならない。私がそうはさせないよ」


「…んぅ」


上目使いにこちらを見上げるアオイの瞳はなぜか不安そうに揺れている。そしてその声はまるでキュリオを心配しているかのように語尾を下げ、彼女の眉間には薄らと皺が寄っている。


「…そんな顔をしないで、私の小さなプリンセス…」


優しく微笑みながら真っ白なアオイの額に口付を落とすキュリオ。


「私の未来にこれほど素敵な出会いが待っていたとは…今この時、悠久の王で良かったと心からそう思える…」


「国を守り導くのが王の役目…」


「しかし…君という女性を愛し、愛されたいと願うのは私の意志だ」


「どうか将来、アオイが私の愛を受け入れてくれるよう…心から願っているよ」


親指でアオイのピンク色の唇をなぞり、ゆっくり顔を近づけるキュリオ。
美しく弧を描いた彼の唇が…アオイのそれと重なり合う直前…



―――コンコン



『失礼いたします、キュリオ様。ダルド様がお戻りになられました』



と、夕食の準備に取り掛かるため退出していた女官の声が鍛冶屋(スィデラス)・ダルドの帰還を知らせる。


「…あぁ、わかった」


咄嗟に顔を離したキュリオは再び愛しい女性へと視線を落としクスリと笑った。


「はやる気持ちを抑えられないとは…私もまだまだだ」


五百年以上生きて来てはじめて"自制"という言葉を意識させられたキュリオはアオイの頬に己の頬を摺り寄せ、もどかしい気持ちをそっと宥(なだ)めていく。



「ふぇ…、ぶぁっくっしょぃっっ!!」



鍛錬場であぐらをかきながら礼儀のなんたらを聞いていたカイは大地が揺れるような豪快なくしゃみを炸裂させた。


「なんだカイ、風邪か?」


ぶるっと身を震わせたカイはブンブンと首を振り、口を尖らせて呟く。


「どっかで俺の噂してやがる!」


「ん?はっはっは!!良い噂だといいんだがなっっ!!」


ブラストの逞しい手にバシバシと叩かれ、カイはまたも痛がり顔を歪めている。




しかし、これから先…キュリオが意識せざるを得ない感情や言葉はただそれだけではない。




彼女を愛するがゆえ、ひとりの男としての激情が…キュリオの中で次第に大きく膨らみ始めていくからであった―――


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