狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】

XXXⅨ―ⅵ 望み、生み出されるものⅠ


キュリオは昼を過ごした広間から退出し、アオイを抱いたまま長い通路を歩いていく。

手入れが行き届いた品の良いオブジェや彩(いろどり)鮮やかな花々が至る所に飾られており、明かりが少なくとも寂しさをまったく感じさせない悠久の城。


おそらく五大国の中、もっとも色彩に恵まれているのがこの悠久の国である。


穏やかで温暖な気候は力の持たない人間たちにとってとても過ごしやすい環境にあり…結果、人の集まる場所は必然的に栄えるものだ。そうして元より大自然に囲まれたこの雄大な大地には、人の手によって新しい色が生まれていった。


同じく大自然に恵まれた国といえば精霊の国だが、"人間"は存在していない。


そこに生きるあらゆる命がありのままの姿を見せ、共存する精霊たちもそれに手を加えたりはしないのだ。現・精霊王であるエクシスが住まう彼の神殿も太古の時代の王が建造したものをそのまま使用しているというから驚きだ。


彼ら曰く…『命を持たぬ"物体"にはあまり感心がなく、生命を持つ"生命体"の素の部分に触れることこそが魅力』なのだという。つまりは精霊たちにとって、彼らの住む精霊の国こそが理想であり神聖なのだ。


そして唯一聖獣が誕生する、ここ悠久にも似たような場所がたくさん残っている。さらには気候も似ていると理由からか、精霊たちがよく羽を伸ばしにやってきているのだった。


(そういえば…エクシスの言った通りだったな…)


アオイを救いたい一心で、未知なる領域へと初めて足を踏み入れたキュリオ。エクシスから聞いていた"似ている"の意味がわかったような気がする。


("惑わされる"と忌み嫌われていた部分もある精霊の国は閉ざされていたわけではない…一体いつから…)


ふと…素朴な疑問が浮かんだキュリオだったが、人見知りのエクシスを見ていれば何となく理解できた。


(おそらく…彼らは他国との関わりを拒んでいた…)


太古の精霊王や精霊たちは人との交流に憧れ、何度も試みたに違いない。彼らはとても純粋で、好奇心に満ちあふれた美しいエネルギーの塊なのだ。


しかし…大きな障害がある。




―――精霊は人に触れることが出来ない―――




一向に埋まらぬ距離、寿命の違い、そして…伝わらぬ肌のぬくもり…


一度は歩み寄った精霊と人間はいつしか努力に疲れ、次第に疎遠になり…とうとう別々の道を歩んでしまったに違いない。


だからこそ気持ちの優しい"光の精霊"や"水の精霊"は遮断された世界で長い時を生きる精霊王・エクシスと唯一交流を続けるキュリオの事をとても頼りにしているのだった。


そして、多くを語らぬ精霊王や精霊の国には謎が多い。


<夢幻の王>と呼ばれる精霊王にはさまざまな謂(いわ)れがあった。


歴代の精霊王たちはいずれも長く王座に君臨し、<夢幻の王>を<無限の王>と例えられることも多々あったのだという。王の持つ力に比例してその命が長らえる事は覆ることのない事実で、偉大な王を排出する精霊の国ですらようやく生まれた千年王がエクシスだった。


伝説級と謳われる千年王の力がどれほどのものか誰にもわからない。



『世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され…すべてが大きく変わるだろう。そして…』


『その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない』



自分によく似た容姿を持つ先代の言葉が蘇る。あどけなさを残した当時のキュリオは、なかなか呑み込めない彼の貴重な言葉を何度も繰り返し呟いたものだった。



「"世界"が望んだものが"千年王の力"でなければ良いのだが…」



この時代に伝説級の千年王が誕生したのがただの偶然であることを強く願うキュリオは、愛しい娘を抱く腕に無意識に力を込め…長い廊下へと差し込む淡い月を見上げてボソリと呟いた―――





―――そしてそれは<冥王>マダラにも言える事だった。





『これは唯一無二のお前の神具だ。死の鎌がどう形を成すか…ちょっとした逸話がある』



『平穏な代に即位した王の鎌は、美しく癖のない形を…』



しかし、禍々しいまでの彼の恐ろしい神具は…どうみても戦いに向いた不気味なかたちをしている。



『お前の代はきっと何かが起きるのだろうね…』





※ⅩⅨ―ⅰ 先代冥王とマダラ の前後参照


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