狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
✿ショートストーリー☆キュリオの願望?そのLⅨ
「今は私のほうが読み慣れているので、ここはお任せくださいっ!」
「…今は?」
(そうか…アオイは"お父様"に読んでもらっていたと言っていたな)
「ならさっさと読んで聞かせろ」
先程の優しさはどこへやら消え去り、トゲトゲした彼の言葉と視線が舞い戻ってしまっていた。
(ぅ…ちょっとは小さなお父様に慣れたと思ったけれど…心が折れそう)
「…は、はいっ!ではさっそく…」
アオイは体と膝をキュリオ側に傾けながら、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「しょうがない。…聞いてやる」
幼いキュリオはアオイの手元を覗き込みながら、彼女により心地良く紡がれる絵本の世界へとその身を投じていく。
―――冒頭の主人公は今のキュリオよりも幼い少女で、彼女には身寄りがなかった。病気や事故で両親を亡くしたわけではなく…
荒廃したこの世界では親が子供を手放してしまう話など珍しくはないのだった。
暗い森の中、物心ついた彼女の記憶に残るのは"ごめんね…"と幼い娘に許しを請う母親の辛そうな泣き顔。
いつまで経っても迎えにこない母に自分は捨てられたのだとようやく理解し、空腹に突き動かされるよう彷徨う足の裏に感じるのは雨水を含んだ冷たい土の感触と、荒々しく張り出した木の根たちのわずかなぬくもりだった。
それから幼い少女は食べ物の区別もつかず、草や枝をかじり空腹を紛らわせる。
やがて完全に闇に染まった森の中では獣のの遠吠えが響き渡り、寒さと恐怖に少女の小さな身は小刻みに震えていく。
『おなか…すいた…』
とうとう歩くことをやめ、大きな木の根元に座り込んでしまった彼女。降り注ぐ霧雨にその髪を濡らしながら、優しかった母のぬくもりを夢に見ながら静かに瞳を閉じていった―――。
この童話(フェアリーテイル)は子供向けの物語だが、内容が内容だけにモノクロな色彩が多い。それによってあまり人気があるものではないが、かなり古い時代からある有名な童話なのだ。
「アオイ、この娘はなぜ王を頼らない?母親も母親だ。自分の子を置き去りにするなど…随分ひどい事をするものだな」
キュリオは気づいていないかもしれないが、彼の体はアオイ側にある肘掛部分に寄せられ、今にも肩と肩が触れ合いそうなくらい間近にあった。