狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】

✿ショートストーリー☆キュリオの願望?そのLXX

中庭の一角、日の光を浴びた清らな噴水の水飛沫たちは自慢気に色彩豊かな七色の橋を作り上げていた。


見慣れた美しい光景に背を向けながら、キュリオはひとり手元の魔導書を見つめてぼやいている。


「なぜだ…なぜ発動しない…?」


魔方陣に描かれた文字をひとつひとつ確認しながら、念じてみるが…両手の間で弾けて消えた光が無残にも術の失敗を意味していた。


「一体何がいけないというのだ…」


あまりにも簡易的な陣の見た目に騙されて、実はかなり高度の魔術なのかもしれないという疑問が脳裏をかすめる。

するとキュリオはしおりを挟めたまま表紙を見直した。かなり古い時代のものには違いないが、当時から用いられている魔術の難易度は変わっていないはずだ。


「やはり初心者級の<難易度Ⅰ>…か」


諦めて、もう一度しおりを挟んだページを開こうとすると…慌てたような小さな足音が近づいてくる。


「…お父様、どちらにいらっしゃるのかしら…っ…」


この巨大な城の敷地をひとりで探すには些か骨が折れる。


「お父様が好きな場所…考えなきゃ…」


この時間のいつものキュリオならば、少し離れた場所にある東屋か、二階のテラス、そして中庭の噴水のある場所…


アオイはまず二階のテラスを見上げてみる。するとそこには昼食の準備をしているのだろうか?女官や侍女たちが真っ白なテーブルクロスを広げ、銀の器へ真紅のバラを活けている姿がみえた。


「あ…」


(そっか、ここはセシエル様の時代…あの場所に立ち入ることは今のお父様では難しいかもしれないわね…)


アオイが知るキュリオの統治する悠久を見れば、特別な来客があるとき以外、食事へ誰かを招くことはありえない。

そして、それは気心の知れた自身の側近といえど同じ事なのだ。


(セシエル様…きっといつもお一人で…)


アオイは聞いた事がある。

かつてのキュリオは一言もしゃべることなく淡々と食事をこなし、好き嫌いについてさえ口にしたことがないと。アオイと共に食事をするようになって、ようやく話し相手と食事に対する意欲を得たのだという。


事情を知るアオイだからこそわかる、王の孤独。考えれば考えるほどセシエルに対する情が膨れ上がり、出来るならここに留まってあげたいという気持ちが大きくなっていく。

< 615 / 871 >

この作品をシェア

pagetop