インセカンズ
「……ヤスさんはずるいです」

「今さらだろ。なぁ、アズ。俺のことを幸せにしてくれ」

手の甲でさらりと窺うように緋衣の頬を撫でる安信。緋衣は彼の手のひらに自分の手のひらを重ねる。

「……はい。私でよければ」

緋衣は、今にも泣き出しそうな顔で微笑むと、再び安信の首に抱き付いた。

「顔隠すなよ、アズ。ちゃんとおまえの顔見せて」

唆すような声色で耳元でささやかれても、緋衣は首を振るだけだ。安信といると知らない自分が顔を出して嫌になる。嬉しくても涙が出るなんて、彼と出会うまで知らなかった。

今この瞬間。次の瞬間にもとめどなく惹かれていく。想いを受け留めてくれる恋人がいるという幸せ。もう気持ちを抑える必要はない。

「――っ?」

緋衣は、下腹部に当たった硬い感触にびくりと腰を上げる。

「アズのまえだと本当かっこつかないよな、俺」

安信を見れば、困ったような情けないような顔をしている。緋衣が思わずくすりと笑うと、彼も釣られたように笑った。

「明日こそ、区役所行くからな。土壇場でアズが逃げ出そうがとっ捕まえて連れていく」

おどけた調子の安信だが、そう言うなり、途端に色香を孕んだ瞳で緋衣を見つめる。

「そんなことしませんよ」

緋衣は、両手で彼の頬を包んでそっとキスをすると顔を覗き込む。

「本当アズは……。こんなに俺のこと好きにさせて、どうしたいんだよ」

安信と一緒にいるときの自分が一番好き。そんな理由で彼は納得してくれるだろうか。あーもう、とまんざらでもないように笑う安信の姿にそう思った。



FIN
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