無垢な瞳
結局ケンからの電話があったのは四時を過ぎてからだった。

「はい、長谷川です」

「アキ?」

懐かしいケンの声だった。

「ケン?大丈夫なの?」

久しぶりに聞くその声は、アキの心に嬉しさと気恥ずかしさを呼び起こした。

「うん、大丈夫。アキは?」

「いきなりいなくなっちゃってさ、ひどいよ」

照れた気持ちが、強い言葉となって口から飛び出した。

本当は、もっと優しい言い方をしたいのに‥‥。

「ごめんな。心配かけて」

ケンの声がアキの心に染み入る。

素直に謝るケンの言葉がアキの心をゆっくり溶かした。

「クラス発表の喜びもそこそこにいなくなっちゃったから、みんなとっても心配して。でも、芝山も詳しいことはなんにも言わないし、ケンは転校しちゃうって言うし‥‥」

「母さんが自殺したんだ。それは聞いた?」

ケンは意外なほど落ち着いた声で「自殺」という忌まわしい言葉を口にした。

「芝山はそういう言い方をしなかったけど、そういう言葉は耳に入ってきた」

アキはできるだけ冷静に真実を伝えようと思っていた。

それがケンを慰めるいちばんの方法だとわかっていた。

「そうだろうと思ってた」

ケンはどんな顔をしてそんなことを言ってるのだろう。

「前にさ、父さんのこと話しただろ?」

「うん、覚えてる」

「母さんも父さんも、うちのじいちゃんばあちゃんを裏切ったんだよ。だから、俺は何も言える立場じゃないんだ。じいちゃんに意見することなんかできるわけない」
< 195 / 243 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop