水平線の彼方に( 上 )
「さよなら…お邪魔しました…」

後ろをさっさとすり抜けようとした。
おばあちゃんは顔も見せないまま帰ろうとした私を、わざわざ呼び止めた。

「カホちゃん、ちょっと…」

名前を呼ばれ、渋々振り向いた。
冴えない表情をしているのを見て、困ったように溜め息をついた。

「…真ちゃんの様子、変だったろう?」

庇う様子もなく、話してくれた。

「毎年ね…お盆が近くなるとああなんだよ。妙に元気がなくなってぼんやりしていて…。沖縄から帰って来てからなんだけど、向こうで何かあったのかねぇ…」

心配しているみたいだった。
何かを知っているのなら、教えてほしいようにも思えた。

「どうでしょう…?何も知りませんけど…」


今日の態度ですら、ちょっとあんまりだと思っていた。
でも、これが毎年の事だとすると話は別。
ノハラには沖縄で誰にも言えないような事があって、その為に毎年、変になるのだとしたら、今日のあの態度も仕方ない…。

(だからって…何があったって言うの…?)

らしくなくなる程、大きな出来事があったとして、それが何かを聞く事もできない。
ただの同級生の立場を越えて、それを聞くのは、なんだかいけない気がする…。

(前に言ってたろくでもない事と関係あるのかな…)

初めて沖縄の話を聞いた夜のことを思い出した。
そう言えばあの時、確かにノハラは一瞬おかしかった…。


『ドラマなら良かったんだけどな…』

呟いた言葉を思い出した。
その言葉と今日の横顔が重なって、なんとも言えない複雑な気持ちになった…。

(…家族にも話さない事を私が聞くのも変よね…)

自分も厚のことを、誰にも話していない。
それと同じように、きっとあのノハラにも、言いたくない過去の一つや二つあるんだ…。

(だったら、知らん顔しとくべき)

今日の事はなかった事にしておこう。
心の傷は、いつか時間が解決してくれる。それまではそっと、見守るのが一番。


納得して、忘れようと思った。

ノハラにとっても、自分にとっても、

きっとそれがベストな事だと、

信じたから……。
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