水平線の彼方に( 上 )
『今日ノハラ帰って来るね!』

砂緒里からメール。読みながら店を出た。

『天気予報では沖縄付近に台風が近づいてるって言ってたよ。飛行機飛んだかな⁈ 』

心配顔の絵文字つき。
今日になってそれはない…。

(やっと、会えると思ってたのに…)

この一週間、結局、毎日温室に通っていた。
ノハラがそこにいる様な気がして、居心地が良かったから…。

戻って来なかったらどうすればいい?
あの解けたブレスレットのことも、説明しないといけないのに…。

「ただ手で触れただけで解けたって言って、信じてもらえるかな…」

大事な物だったらどうしよう…。
心配しながらノハラの家に向かった。バイクを下り、庭に足を踏み入れる。
温室の中に、明かりが灯っているのが見えて、急いで走り寄った。

カタン!

勢いよく戸を開けると、作業台の所に立っていた彼がこっちを向いた。

「花穂…」

驚いたように名前を呼ぶ。無事な姿に、思わず抱きつきたくなった…。


「……おかえり。台風大丈夫だった?」

なんとか平静を保てた。

「ああ。飛行機は飛んだよ」

変わらない態度。ホッとする。

「そう。良かった…」

息をついたのも束の間。テーブルの上の貝殻に目がいった。

「あ…あの、その貝殻ね、少し触れただけなのに、糸が解けちゃって…」

不安になりながら説明した。小さく笑うと、ノハラは貝殻を手に乗せた。

「そっか…」

温室の片隅にある鉢に行き、土の上に撒く。

「貝は土のカルシウム分を補うからな」

言い訳のような言葉。そして振り向いた。

「世話ありがとな。おかげで安心して伯母さんの手伝いが出来た」

少しずつ近づいて来る。ドキドキしながら聞き返した。

「仕事手伝ってたの?…お墓参りは?」

「したよ。着いてすぐ」

近くまで来て止まる。その距離に戸惑った。

「…じゃあ、踏ん切りは⁈ …ついた⁈ 」

焦るように聞いてしまい、慌てて口を閉じた。

「お前な…黙るくらいなら聞くなよ」

目を細めて笑う。
胸の鼓動が聞こえてしまいそうな程近くて、思わず一歩下がった。

「花穂…」

呼びかけたノハラの右手が、私の左手首を捕まえた。

「逃げるな」
「逃げてなんか…」

言ってる側から引き寄せられる。
彼の胸に顔があたり、やっと帰って来たことを実感した。

「萌にはサヨナラを言って来た。だから花穂…」

少し身体が離れる。顔を上げるとノハラが口を開いた…。

「もうお前のこと、同級生として見ない」

ドキッと胸が大きく震える。真面目な顔をしているノハラから目が離せなくなった。

「好きだ…」

キュッ…

胸が苦しくなる。一週間、この言葉を、ずっと待っていた…。
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