水平線の彼方に( 上 )
翌日の夕方、砂緒里からノハラの伝言を聞いた。

「作業手順を書いた紙を台の上に置いてるって。くれぐれも宜しくって言ってたよ」

砂緒里の言葉通り、紙には事細かに世話の仕方が書いてある。

「意外な感じ…」

思った以上に綺麗な字で書かれたメモに感心した。
作業は単純で、素人の私でもなんとか出来ることばかり。
毎日来なくていいのも助かる。

「んっ…?あれは…」

温室の片隅に、置き去られているかのようなガジュマルの鉢。
以前、あの前にぼんやりと立っていたノハラのことを思い出した。

(あの時、何を考えていたんだろう…)

鉢に近寄り気づいた。
幹の根元に、白い貝殻を繋げたブレスレットが通してある。

(もしかして、これを見てた…?)

この木がまだ小さい頃に通したみたい。輪が幹いっぱいに広がっていた…。

(萌さんの…?)

チクッと胸を刺す。その痛みを感じながら、ブレスレットに触れてみた。
小さな巻き貝で作られたものは、手作りされた物のようだった。

パラッ…

「あっ…!」

糸が切れて、貝殻が散らばった。

「えっ…やだ。どうして…⁉︎ 」

拾い集めながら嫌な予感がする。
ノハラの身に何かが起こるような気がして、不安でしょうがなかった。

「大丈夫よね…何事もないよね…」

集めた貝殻を握りしめ願った。

(これが萌さんの物なら、どうか何も起こりませんように…)

作業台の上に貝殻を置く。
色も抜け落ち、真っ白になった貝殻が、時の流れを物語っている。
こんなになってもずっと、ノハラは彼女のことを忘れずにいた…。

(今頃、何してるだろう…)

遠い沖縄の地で、お墓参りをしている姿を想像した。
恩師の伯母さんに会って、一体どんな話をしているだろう…?

(連絡がつかないなんて、もどかしい…)

こんな風に人をまた好きになって、会えない日々が、焦れったくなるなんて…。

(不思議…あれからまだ、一年も経っていないのに…)

単純過ぎる自分が許せない気もする。
あれだけ深く傷ついたのに…。

(でも…だからこそ、幸せになりたい…心の傷を見せ合える彼(ノハラ)とーーー)

知らず知らず顔が赤くなる。
自分で意識すればする程、彼が心の中にいるのが分かる。

(こんなので帰って来た時、どんな顔して会えばいい…?)

またしても無愛想になってしまったら…。

そんないらない心配をしながら外へ出た。
見上げた空に光る一等星。
この空は、あの人のいる地にも続いている…。

(早く会いたい。だからどうか無事で帰って来て…)

星に願いを託す。

夜空に光る星の一粒一粒が、白い貝殻と重なって見えたーーー…。
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