躊躇いと戸惑いの中で


帰り支度をして玄関前で河野の車を待っていると、乾君が通りかかった。

「あれ。碓氷さん、まだ帰ってなかったんですか? 終電逃しますよ」
「ああ、うん。乾君は?」
「僕は、もう直ぐ終わりそうです。これ、倉庫側の搬入口へ持って行くよう言われて」

さっき作っていた、サイズ違いのPOPが沢山納まっている紙袋を示す。

「そっか。お疲れ」

紙袋の中身をのぞきこんでいると、乾君の目が見開いた。

「あっ!」
「えっ?」

急に声を上げるので、ビクリとしてしまう。

「膝、どうしたんですか?!」

上げた声は、気づかれたくなかった膝の傷を示していた。

「……あ、情けないから見ないで」

私は擦りむいてボロボロになっている膝を隠すように、乾君に背を向ける。

とりあえず、破れてしまったストッキングは脱いだものの、河野が車で送ってくれるというので年甲斐もなく生足も晒していた。
膝の擦り傷だけでも恥ずかしいというのに、そんな足をまじまじと若い子に見られることが更に羞恥を誘う。
すると、乾君は、わざわざ前に回りこんできて膝をじっと見てくる。

「転んだんですか?」

真面目な顔をして心配されてしまうと、ますます情けなさに拍車がかかるというもの。
て言うか、そんなに見ないでよぉ。

「なんていうか。前方不注意」

さっきの失態を思い出して、情けなくなり肩を竦める。

「痛そうですね……」
「少しね」

それより、あんまり見ないでよ。
恥ずかしいってば。

三十女が転ぶ姿なんて、想像しただけでお笑いだわ。
なんなら、大きな声で笑い飛ばしてくれたほうがよっぽどいいんですけど。


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