躊躇いと戸惑いの中で
「だれっ?」
恐怖に声が僅かに震えた。
定規を握る手が震え汗ばむ。
かけた私の声に、相手がゆっくりとした動作で振り返りながら立ち上がった。
「あ、碓氷さん」
いつもの落ち着き払った声が、私を見て穏やかになった。
「なんだ。乾君……」
相手が泥棒や不審者じゃなくて、思わずほっと息をついた。
もぉ、驚かさないでよ。
「どうしたんですか、それ?」
安心しきった私の手に握られている定規を見て、乾君が不思議そうな顔をする。
「あ、これ。不審者かと思って、武器のかわり」
苦笑いで定規を下ろすと、面白そうに笑われた。
「それで対抗するつもりだったんですか?」
「だって、他に目に付かなくって」
私は肩をすくめる。
「碓氷さん、可愛いですね」
「ちょっとぉ、可愛いなんて。からかわないの」
私がわざと怒った風に言うと、乾君は笑っている。
なんだか、最近よく乾君の笑顔を見ている気がする。
元々は、よく笑う人なのかもしれないな。
ていうか、私のこと先輩だとちゃんと認識してないとか?
引き締めていかなきゃ駄目ね。