躊躇いと戸惑いの中で
夕方。
今日は、久しぶりに定時で上がれそうだった。
帰る準備をしてバッグを手にしたところで、今日でお終いだからと梶原君が挨拶に来た。
「お疲れ様でした」
お互いに丁寧に頭を下げてから顔を上げ、思わず同時に笑ってしまう。
らしくないというところだろう。
「次のところは、いつから?」
「来週。まー、少しだけ、のんびりするさ」
「そうね。ここでは、ずっと駆け足ばかりだったものね」
私の言葉にお互い様だろ、なんて梶原君がこぼしている。
「碓氷も、あんまり走り続けてばかりいると、ばてるぞ。そろそろ恋愛もしないと、女じゃなくなるかもしれないから、気をつけたほうがいい」
「大きなお世話」
梶原君のきついジョークも今日で聞き納めか、なんてシミジミ。
じゃあな、とさっぱりした挨拶を残し、梶原君が会社を出ていく。
一緒に飲みに行くなんてこともなかったけれど、いなくなればなったで、あのキャラの濃さだから、寂しくなるんだろうなぁ。
さて。
私は、恋愛よりもアルコールなのでね。
弾む足取りで、河野と約束をした飲み屋に向かった。
賑やかな店内に入ると、まだ河野は来ていないようで、携帯を確認すると、少し遅くなるとメッセージが届いていた。
ひとりいつもの個室で堀のテーブル席に着き、先に始めることにする。
ビールを注文し、おつまみも頼む。
きっと二杯目か三杯目くらいには、現れるだろう。