躊躇いと戸惑いの中で


ビールを口にしながら、店内に入ったときにいたお客たちを思い出してみた。
友達や同僚に恋人同士。

恋人たちは仲むつまじく、顔を寄せ合いとても楽しそうに相手と飲んでいたように見えた。
嬉しそうに頬を染める彼女。
愛しそうに彼女に触れる彼。

そんな想像は、羨ましいというよりも、幸せそうで心が和む。

恋人同士は、どんな話をしてるんだろう。
次のデートは何処に行く? とか。
さっき見た映画、面白かったよね、とか。
今度は旅行へ行こうか? なんて、彼が誘って、彼女が頬を染める、みたいな。

ふふなんて、笑みを零しながら自分をその恋人たちの姿に重ねたところで、相手の男性の顔が乾君になって驚いた。

どうして、乾君!?

瞬間、甘いキスの記憶が甦る。

あれは――――、うん。

いいキスだった。

思わず漏れる笑み。

そんなことを思っている自分がおかしくて、ぷっと吹き出してしまう。
若気の至りだろうけれど、三十女の私を選んでくれてありがとう、と感謝しなくちゃね。

今頃、若い子にしておけばよかった、なんて後悔してたりして。

ダメダメ。
空しくなるから、そういうのは考えないでおこう。

勝手な妄想を繰り広げて、顔を緩めたり空しさに歪めていたら、河野がいつの間にか個室のドアを開けてテーブルのそばに立っていた。

「碓氷、何百面相やってんだよ」

キモイぞ、と余計なひと言を付け加えて、遅れてきた河野が目の前に腰掛けた。

「あのねー。遅れてきたくせに、そのひと言はないでしょ」

怒った顔を見せると、さして悪そうな感じも見せずに、すまん。すまん。と目の前に座る。

まったく、もう。


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