夫の顔
「部長、おはようございます」
「おはよー」
ああ、他人には結構言ってるじゃん、この単語。デスクに座り、パソコンを立ち上げ、メールチェック。キーボードには山のような書類とファックス。なんでバラバラに置くわけ? ていうか、クリップでまとめるとか、そういう頭はないのかしら? ああ、またイライラしてきた。
「あの、部長……」
オドオドと報告書を出しに来たのは、入社二年目のノジマくん。見た目はイマドキだけど、気が弱いのか、いつもオドオドしてる。なんかイライラするのよねえ。
「昨日のプレゼンの報告書なんですけど……」
「却下されたんでしょ? 企画自体はよかったのに。もうちょっとプレゼン力《りょく》つけないと」
「はあ……あの、僕……」
「何?」
「向いてないと思うんです」
「何に」
「企画は楽しいんですけど、プレゼンは……」
「プレゼンまでやって企画でしょ?」
「……すみません」
ジャケットのポケットから出したのは『退職願』。マジで? そんなすぐ?
「何これ」
「病んでるんです。僕。きっとうつ病です」
あのねえ……そんな簡単に『うつ病』とか言わないの。でも、かなり落ち込んでるわね。こういう時の『願』は受け取らないのがマニュアル。
「病院行ったの? 診断書あれば、休職扱いにできるから。そんな簡単に辞めるとかいわないで。ね、よかったら、私、病院について行ってあげるよ?」
ああ、私って優しい。
「部長……」
ちょっと、泣かないでよ。私がなんかしてるみたいじゃん。
「ノジマくん、病院、行く?」
「はい……一人だと行けなくて……」
「わかった。じゃあ、一緒に行こう。とりあえず、医務室に行こうか」
グズグズと泣く二十四歳の男を連れ、医務室へ。途中でチーフのタヤマくんに声をかける。
「ノジマくん、体調悪いみたいなの。病院まで送っていくから、なんかあったら電話して」
「わかりました」
タヤマくんは三十五歳の独身。まあまあイケメン。やり手のビジネスマンって感じ。少し神経質で、融通が利かないところはあるけど、この企画部では一番優秀で、信頼できる。
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