君影草~夜香花閑話~
「ああ……。そっか、可哀想にね」

 捨吉が、ん? と首を傾げた。
 それには気付かず、あきは、すん、と鼻を啜り上げる。

「里の仲間たちも、結構犠牲になっちゃったし。あたしの父もだけど。あんな小さい子まで、犠牲になっちゃったんだね」

「ん~? ……何か違うな。深成は、死んでないよ」

 大きく首を傾げて言う捨吉に、あきは、え? と顔を向けた。

「だって、今なくしたって……」

「死んではいないけど、いなくなったのは確かだ。帰っちゃったんだな」

「帰った? どこに?」

 何が何だかわからない。
 そもそも何者かも知らないのだ。
 名前だって、今捨吉が口にしたことで知った。

「あの子、どこかちゃんとしたところの子だったの? 何でそんな子が、あたしたちの里にいたのよ。頭領の家にいたのだっておかしいわ。頭領の子? なわけないよね。いくら何でも、頭領の子供にしちゃ大きい……」

「……そっか、知らないもんな」

 呟いて、捨吉はきょろ、と辺りを見回した。
 今は夕餉の支度で、皆忙しい。

「ちょっと、出られる?」

 外を指して捨吉が言うが、あきはふるふると首を振った。

「今は駄目だわ。もう皆帰ってくるし。夕餉、用意しなきゃ」

「そうだな」

 そう言ってから、捨吉は少し迷う素振りをし、やがて言いにくそうに、視線を外したまま言った。

「じゃあ……。今晩、あの辺りで待ってるよ」

 森の中にある納屋を指して言う。
 夜の逢引だ、と思い、あきは知らず胸が高鳴った。

「わ、わかったわ。子の刻頃なら、皆寝入ってるし」

「寒いけど……」

「行くわ」

 あきにしてはきっぱりと、強く言う。
 ちょっとだけ顔を綻ばせ、捨吉は、じゃ、と言い置いて厨を出て行った。
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