ミステリー
悪魔はその数日後
今度は武田のアパートの前に瞬間移動した。

武田が運転教習を終えて待合室に戻ってきたときに、武田の心を読み、武田の住所を知った。

『武田の車があるから、もう帰ってるな。』

それから悪魔は一瞬で、セールスマンの着るようなスーツに着替え、伊達眼鏡も装着し、指をパチンと鳴らして
荷物を何十個も出す。

悪魔は武田の部屋のベルを何回も鳴らす。

『ちわーす、こちら○○セールスですが、幸福の壺、一つ10万円で売ってますよ、どうです。この壺を持ってれば必ず幸福でいられるんですよ
どうです?1億円はくだらないけどサービスしますよ』

悪魔が大声で武田の部屋のドアに向かって言った。

『いらねーよ』
武田の声。

『じゃ、一本16万円の育毛剤も売ってますよ』


『いらねーよ、間に合ってる』
武田の声。


『じゃ、一本3万円の化粧水どうです?
適度な美意識も大切ですよ!』

『いらねーよ』


『じゃ、幸福教に入会しませんか、
必ず幸福に過ごせる宗教ですよ!
入会費と年会費を合わせると
100万円ですけど今ならたったの、
40万円に負けておきますね!
幸福教に入らないと、不幸になりますよ!』


『入らねーよ、そんなのはいらねーよ。
宗教なんて入りたくないから!』
と、武田。

『それでいいんですか、入らないと不幸になったり、事故にあったり、
災害に巻き込まれたり、
悪い人に妨害されたり騙されたり
しますよ!
それでいいんなら、もう止めませんけど、
後で後悔したって知りませんよ!


じゃ、一本20万円の消火器は買いませんか』



『いらねーよ』
武田の声がさらに不機嫌に。


『じゃ、一つ10万円の枕はどうです?安眠できますよ、普通の枕と違うんですが、どうです、お客様』


『いらねーよ』
武田の声がますます不機嫌に。


『じゃ、車のタイヤ、一つ10万円で交換します?お客様の車のタイヤ、かなり古びてますよ』

『いらねーよ』
武田の声。



『じゃ、敷布団と掛け布団のセットは
いりません?
本来は、100万円ですが、セットで半額の50万円にしますよ、
1日6〜8時間眠るとしたら
一生の1/3から1/4は
布団の中ですよ。
一生の1/3から1/4を左右する、敷布団と掛け布団を買って損はないですよ』


『いらねーよ、間に合ってるよ』


『じゃ、運動器具セットは買いません?
安くしますよ、
夏までにシェイプアップして、
魅力的な海の男になりませんか?
スタイルを磨けば、
結構見違えますよ。
適度な筋肉質の、しまった体こそ、モテる
条件ですよ。

いいですか、200万円以上ご購入していただけるまでは、
わたくし
絶対に絶対にここを動きません、
いいですね!



またまた悪魔が大声で、
武田の部屋の玄関に向かって言う。


すると、ズカズカと足音がして、乱暴に玄関ドアが開いた。


武田が、ものすごい不機嫌な、瞬間湯沸かし器より真っ赤な顔で、
あんたさっきからなに、しつこいんだよ、
もう帰ってくれよ、しつこくするな、
なんなんだ、
もう俺の家来るな、あんたしつこいよ、あんたしつこすぎだよ、なんなんだ、
貴様しつこいよストーカーだろ!
とキレて叫ぶ。


『そうだよ、その気持ちようやくわかった?
ようやく少し、わかったようだな。



ようやくわかったろ?
一方的に付きまとわれたり一方的にしつこく誘われたり、待ち伏せまでされたりする苦しみや不愉快さ、やっとわかっただろ?


あんたが、自動車学校で教習生の女の子にしてたことは、全く同じことだよ?
わかる?』

と、悪魔が冷静に、かつ厳しい声と目つきで
尋ねる。



『今 のあんたより、
自動車教習所であんたから、
一方的につきまとわれたり一方的にしつこく誘われたりした女の子の方がずっと苦しんでて真剣に悩んでて、辛かったんだ、自動車学校に楽しく通ってたのに自動車学校行くのも不安で怖くて仕方なかったそうだよ。
眠れなかった時も、ごはんたべれなかった時もあるし、家族の前でも四六時中ピリピリしてて、やつあたりしそうになったときだってある。』

武田は黙り込む。


『その子からしたら
無理もないよ、
あんた、一方的につきまとったりしつこく誘ったりしてたし、まして誘いをその女の子が断った後でさえ、その女の子にしつこく誘ったらつきまとったりしただろ、それじゃ、ストーカーと同じだと俺は思うが。


日々毎日不快で不安で怯えないといけなくて、日々毎日気が休まる時がなくて、大変だったんだよ、
せめてそれをわかってやってくれよ。

あんたも、一方的につきまとわれたり一方的にしつこくさそわれたら、不快なんだろ。
あんたも、一方的につきまとわれたり一方的にしつこくさそわれたり、するの、
我慢ならないしそうやって怒りたくなるし、キレたくなるんだろ?


あんたがあの女の子にしてた、一方的なつきまといや一方的なしつこい態度も、
全く同じだよ。』


悪魔が冷静に言うと、武田は何も言えず、ただ黙ってしまう。



『俺も片思いしたことくらいはあるよ、
誰かに片思いしたり、愛したりするのは
自然なことだと思う、

だけど、一方的につきまとわれたり一方的にしつこくさそわれたりするのは、誰しも不安になったり、怯えたり、ビクビクピリピリしたりするものなんだよ。
もしつきまとわないで、ておこったら、逆ギレされたり、逆恨みされないか、刺されたりしないか、
て不安も、誰かにつきまとわれる人の多くが感じるんだよ、
せめてその気持ちはわかってやってくれよ。

誰かを好きになるのは悪いことではないけど、一方的につきまとったら、しつこくさそったりしたりするのは、ダメと思うぜ。
相手を不安にさせるんじゃなく
相手をさりげなく助けたり、力になってあげたり、頼もしくなる努力したり、
時には身を引いた方いい時もある。』


悪魔が言い終わる。

すると武田が、
『確かにあんたの言う通りだな、俺、自分のことしか頭になかった、
悪かったよ。まさかそんなにあの子を困らせてたとは、わかんなかったよ。』
と言い、静かに自分の部屋に入り、静かに玄関ドアを閉めた。


それ以来、教習所で清香が武田に会うことはなくなった。
二人の教習時間が、ずらしてもらえたためである。
そして武田も、清香を待ち伏せることをしなくなった。
< 269 / 297 >

この作品をシェア

pagetop